家族みんなの悲しい時間

電車の中で2人とも黙り込み、ともすれば病院に寝ているよっちゃんのことを想って涙が出てきます。その夜はよっちゃんが寂しがって泣いているような気がして、きょこちゃんは何度も目を覚ましてしまいました。

ようやく夜が明けましたが、3時の面会時間にしか行くことができません。何も手につかないままただ時間が経つのを待つだけです。お母さんはひと晩でゲッソリやつれてしまいました。眠れないままよっちゃんのお寝巻きを縫っていたのです。

「何かしていた方が気が紛れてね」

と言っていました。

みんなで笑いながら遊んでいた日々がもう随分遠い昔のように思えます。今は笑い声のない、全然違う家のようです。昨日お父さんによっちゃんのことを話すと「馬鹿野郎!」と言ったきり黙ってお酒を飲んでいました。

お母さんはがっかりしてお部屋に入りましたが、きょこちゃんはお父さんがお酒を飲みながら、誰も見ていないと思って涙をぬぐっているのをこっそり見ていました。お父さんが涙を流してる! 初めて見る光景にきょこちゃんは、事態がひどく深刻なのだと感じていました。

3時に間に合うように、きょこちゃんがみぃちゃんを連れてお母さんはよっちゃんの寝巻きや着替え・・・・・・お人形を持って病院へ行きました。

個室の中でも大人用特別室しか空いていなかったので、よっちゃんの病室へきょこちゃんとみぃちゃんは入ることができません。待合室で待つことになりました。

「こんなことなら家で待っててもらえばよかったわね」

とお母さんは言いましたが、きょこちゃんは(たとえよっちゃんと面会できなくても近くにいた方がいい・・・・・・)と思っていました。

小さなみぃちゃんにも家族のただならぬ空気がわかるのか、待合室で待っている間、お母さんのあとを追わず、お弁当に持ってきた“おかかごはん”を食べ終わると静かに眠ってしまいました。

眠ったみぃちゃんのお顔や首の汗を拭きながら、よっちゃんが夏になった頃から冷たい汗をかいていたのを思い出して、それも病気と関係があったかもしれないのに、お姉ちゃんである自分が気がつかなかった・・・・・・。もし気付いていたら・・・・・・と自分が責められます。

よっちゃんに読んであげようと持ってきた本を開きページをパラパラするのですが、本の世界に入ることはできなくなっていました。

1時間の面会時間が終わりお母さんが戻ってきました。手にはよっちゃんのお人形を持っています。

「どおしたの? よっちゃんどう? もう治った? もうお家へ帰れるの?」

きょこちゃんは息を詰まらせながら、よっちゃんのことを矢継ぎ早に聞きました。お母さんは疲れ切ったようにみぃちゃんの寝ている長イスに腰をおろしました。

「わからない・・・・・・、わからないの・・・・・・。今、お医者さんから説明があってね。ポリオらしいけど菌が検出できないので治療はまだできないんですって・・・」

「いつわかるの?」

「・・・・・・それもわからないらしいの・・・・・・」

「よっちゃんは? よっちゃんはどうしているの? 泣いているの? どっか痛いの?」

「・・・・・・ううん、眠っている・・・・・・、眠ってるの。・・・・・・多分薬でだと思うんだけど・・・・・・1度も目を覚まさなかった・・・・・・うっうっ・・・・・・」

お母さんは力なく泣き始めてしまいました。

「お母ちゃん! しっかりして! お人形はどうしたの?   どうしてよっちゃんのそばに置いておかないの?  よっちゃん、目が覚めたら寂しがるのに!」

「あ、あ・・・・・・、お人形・・・・・・お人形はね、どれか1つだけにしてくださいって看護婦さんから言われたの・・・・・・だから、1つだけ預けていくわ。お姉ちゃん選んであげて・・・・・・」

よっちゃんのお人形の家族は全部で7人います。どれも壊れてしまったり、汚れてしまってごみ箱行きのようなお人形・・・・・・。でもよっちゃんは壊れているところに包帯をしたり、布に包んだりして大切に毎日全部を並べて自分のお布団に寝かせていました。よっちゃんにとってはどの子も大切な子供たちなんです。

元気な時きょこちゃんはこの子供たちのことをからかったり笑ったりすることで、よっちゃんを怒らせて遊んでいたことを思い出しました。(よっちゃん、ごめんね。お姉ちゃん、お人形のこと、ボロとか言って悪かったわ・・・。ホントにボロ布のかたまりにしか見えなくても・・・・・・可愛いねって言ってあげればよかった・・・・・・)

涙が急に込み上げてきて、お母さんから受け取ったお人形たちの上にこぼれました。

「お母ちゃん! これ! この子にする・・・・・・。よっちゃん、1番可愛がってたから・・・・・・」

きょこちゃんが選んだのは、黄色いナイロンの毛がモシャモシャにこんがらがったバービー人形でした。古くなって従姉妹が捨てようとしていたものをもらってきて、お風呂に入れていた子です。あまりにひどく髪が爆発しているみたいなので、きょこちゃんがカットしてしまったら『髪、切っちゃいけなかったのォ』と大泣きしたので、きょこちゃんはよっちゃんをなだめるために、宝物のレースのハンカチーフをあげたのでした。

少し汚れてしまったそのハンカチに包まれたバービーちゃんは、モシャモシャのショートカットでも、とり立てて不幸せそうでもなく、にっこり笑い顔でした。

「そう、この子がいいわ。この子をよっちゃんのそばにおいて・・・・・・」

こうして、よっちゃんとバービーちゃんを残し、眠ったみぃちゃんをおんぶして、3人は足取り重く帰る他ありませんでした。

(続く)