清水先生ごめんなさい!

「どーもすいません! お手数をおかけして・・・・・・」

先生は身体中、汗でびっしょりの様子です。お顔から汗が流れ、いつもきれいにキチンとしているパーマの髪がほっぺに貼り付いて、頭からは湯気が立つほどです。

きょこちゃんは急に先生に申し訳ない気持ちになってきました。

「先生・・・・・・ごめんなさい・・・・・・あのね・・・・・・」

叱られると思ったきょこちゃんは首をすくめながら説明しようと話し始めました。かつて先生が上級生を大きな声で叱っているのを見たことがあったからです。今回もきっとすっごく叱られそう・・・・・・と思ってました。

すると先生はきょこちゃんの目の高さまで腰をかがめ肩をしっかりつかんで

「きょこさん、工場の人たちすごく心配してね。桶にでも落ちたんじゃないかって、全部の桶を点検するところだったんですよ。桶に沈むと浮き上がってこられないんですって・・・・・・」

先生の目に涙がにじんできました。

「あーっ先生、ごめんなさい! ごめんなさい!」

きょこちゃんは説明することを忘れて先生に飛びつきました。先生は怒るどころか、とっても心配してくださっていたのを先生のお顔から分かったからです。

「さっ、もう過ぎたことはいいから、これからは気をつけなくてはだめですよ」

「は・・・・・・い・・・・・・」

「みんなはお昼のお弁当を食べに広場に行きましたよ。さあ、みんなの所へ行きましょうか」

「はい」

「本当に申し訳ございませんでした。全部私の不注意からです。どうか、お許しください。これに懲りて、来年からの見学を中止にしないでください」

先生は丁寧に工場長さんたちにお辞儀をされました。

「いや、いや、ご心配なく。工場側でももっと親切な案内をすることにしますよ。こういう探求心の強い子たちにとっては、流れ作業のような説明じゃもしかしたら物足りなかったかもしれませんから・・・・・・。先生どうぞ気になさらないでください。しかし、何ですねぇ、先生の生徒さん、この子・・・・・・きょこさん、・・・・・・と言ったかな。麹菌にえらく興味をもってくれたらしく・・・・・・。こういう子供の中から科学者が誕生したりするかもしれないと思うと、なんとも工場見学をしていただく甲斐がありますよ」

先生はにっこりして再びお辞儀をしてハンカチを取り出し、汗を拭きながらもう片方の手できょこちゃんの手をギュッと握り、みんなの方へ戻り始めました。その握り方はまるで、『この手を放して、またきょこちゃんが行方不明にでもなったら大変』と思っているかのようでした。

きょこちゃんが振り返ると、マスクを外したマスクのおじさんが、しぃーっという風に人さし指を口に当てています。きょこちゃんはにっこりして2人に手を振りました。

そのことがあってから、きょこちゃんは清水先生のことをとても好きになりました。ちょっと見は厳しそうに見えても、中身はとってもやさしい公正な人なんだと感じたからです。それ以来放課後先生からお手伝いを頼まれると、たとえそれがゴミ捨てやガリ版刷りであっても、とっても光栄なことと思えました。

それから、あの日きょこちゃんがもらってきた麹菌、立派に甘酒になったんです。甘味についてはちょっと想像とは違い、(あまり甘くないのに甘酒というのね)と思いましたが、お母さんは喜んでくれました。

ただお母さんは、工場見学の翌日の、確かに炊いておいたと思うご飯のほとんどと、木のお櫃が消えてしまったことを不思議に思っていました。『あんなに使い込んだ古い木のお櫃を盗む人などいない筈だし・・・・・・』と言っていました。

どこへ消えたかって、それはきょこちゃんが教わった通りのことを遂行したんです。

木のお櫃に程よく冷めたご飯と、そこへ麹菌を入れ、ガーゼをつぎ足しながらフタをしました。そして、寝かせるためにお客様用のお布団にくるんで押し入れに入れておいたのです。

その後、甘酒を作ったお櫃は台所の元の場所にこっそり返してお片付けまですべて完了。

ただ、お客様用のお布団に麹菌や甘酒がたれていたことにきょこちゃんは気付かず、そのままになってしまいました。

それから1年ほどたったでしょうか。客用布団を使うこともなく、誰も押し入れを開けることはありませんでした。

ある日、1階の天井に何気なく目がいったお父さんはびっくりしました。2階の押し入れのあたりの天井に大きなシミが出ていたからです。慌てて上へ行き、押入れを開けてもっとびっくり!! そこは! まるで!! まるで!! カビの王国のようになっていました。客用布団はもちろん、押入れの中はカビでいっぱい!! ビッシリ生えたカビで押し入れの壁はボロボロ、床が抜け1階の天井までカビが侵食していたのです。

お父さんに呼ばれて2階に駆けつけたお母さんもボーゼン。発する言葉もなく、腰が抜けたようになってしまいました。お父さんとお母さんはあまりのカビの勢いに圧倒されて、きょこちゃんを叱ることさえ思いつきませんでした。

きょこちゃんは大変なことになっているそんな押し入れの光景を見つめながら(あの日醤油工場で教わった通りだわ! カビってすごい力があるんだわ!)と、カビの威力のものすごいことを痛感していたのでした。

(おわり)