鏡でお顔、見られる?
「ねぇ、さだよねーさん、鏡で自分のお顔見られない?」
「えっ? なんのこと?」
「だからぁ、自分のお顔を鏡で見られない?」
「見られるわよ・・・・・・、でもなんで?」
きょこちゃんは朗らかに言いました。
「お父ちゃんがね、こっちへお引っ越しして来る時ね、鏡に映った自分の顔を自分で見られないようなことがなければ、何を無くしたっていいんだって言ってたの。きょこちゃんはね、お母ちゃんの大切にしてた物、無くしたことあってね。
お嫁さんのお扇子なんだけどね。お母ちゃんにごめんなさいしたら、もういいって言われたんだけど、あんまりお母ちゃん、悲しそうなお顔してたから、まだきょこちゃんのこと怒ってるかなって、ずーっと心配してたの。でね、お父ちゃんの言う通り鏡に自分を映してみたのよ。そしたらちゃんと自分のお顔が見られたの。だからホントに大丈夫だってわかったの、怒ってないってね。
さだよねーさんも鏡でお顔が見られるんでしょ? そんなら大丈夫よっ!! 春江ちゃん恥ずかしがらないわ!!」
きょこちゃん流の解釈でした。
「・・・・・・」
さだよねーさんはそれには答えず暫くブランコをこいでいました。そして・・・・・・。
「帰ろう・・・・・・、送ってってあげる」
ときょこちゃんの手をとって家の前まで送ってくれました。
「じゃぁね」
握った手をちょっとぎゅっとしてから、さだよねーさんは1人で来た道を帰っていきました。
「ありがとう!」
そこで初めて、さだよねーさんのおうちは反対方向なのにきょこちゃんを送ってくれたのだと気づきました。そして、そんなやさしいさだよねーさんのことを、春江ちゃんがお母さんとして恥ずかしがる訳がないと、きょこちゃんはそう思いました。
その後、さだよねーさんと会うことはありませんでした。入浴する時間帯が違ったのでしょう。
だいぶ経ったある日銭湯に行くと、きよみさんがいつもの笑顔で出迎えてくれました。
「きょこちゃん、さだよねーさんと仲良しだったの? さだよねーさんからことづけがあるんだけど・・・・・・」
「えっ? なあに?」
「これ、ねぇ、開けてみて」
「どれ、どれ?」
他のおばさんたちものぞき込みます。開けるとそれは見事な鎌倉彫の手鏡でした。添えられているカードには『春江のところに帰ります』と書いてありました。どうしてだかわからないけど、きょこちゃんもきよみさんもおばさんたちも嬉しさが込み上げてきました。番台のおばさんが
「よおし! 今日はお湯からあがったら、あたしがフルーツ牛乳おごってあげるよ!!」
「わあーっ!!」
喜んだのはきょこちゃんよりも、きよみさんやおばさんたちでした。きょこちゃんは(この銭湯でみんなは家族のようなんだわ!)と嬉しくなりました。そして、今や自分もその1人になっているんだとしみじみ感じていました。なぜなら、脱衣場の大きな鏡には、きょこちゃん、よっちゃん、きよみさん、おばさんたち、みーんな映って見えたのですから。
(おわり)