おばさん家(ち)でのひとつめの決心
翌朝早く起きたきょこちゃんは、囲炉裏の部屋に行きました。けれども誰もいません。この時期養蚕農家は朝暗いうちから働かなければならないほど忙しいのです。
小さな1人用お膳に、おむすびが2つと牛乳が置いてありました。きょこちゃんは急いで冷たい井戸のお水でお顔を洗ってくると、1人でお膳の前に座りました。大きな猫が土間に寝そべってきょこちゃんの方を見ています。
「いただきまーす!」
まず牛乳を飲みました。
「うっ! しょっぱーい!」
実はこのミルク牛乳ではなく山羊乳だったのです。山羊乳はにおいを消すのにお砂糖ではなくお塩を入れて飲むのですが、そんなことは知らないきょこちゃんは(田舎の牛乳って東京のとは味が違うんだァ)と思いました。
おにぎりは“割りめし”といってお米のとれないこの地域では、麦と白米を半々で焚くもので、少しパサパサしていますが、おみそをつけて握ってありました。手に取ってひと口かじるとすぐにバラバラにほどけて手がベトベトになります。
「あーん・・・」
そこへおばあさんが出てきました。
「おはようございます」
「・・・・・・・・・・・・」(そうだお耳が遠かったんだわ)
「おばあさん! おはよう!ございます!」
「ひっ! そんなに大声出さずとも聞こえてるよっ! あーあ、しょうがないねぇ、そんなに食いちらかして! ミーコだってもっと上手に食べられるよ」
大きな猫のミーコは自分の名前が呼ばれたと思って、ミャ~と鳴きました。
きょこちゃんが指についた割りめしつぶを一粒ずつ食べながら見ていると、おばあさんは囲炉裏の灰の中から黒いお鍋をとり出しました。
「あっ! 飯盒(はんごう)!! きょこちゃんそれ知ってる!! 八郎おじちゃんとねハイキングに・・・・・・」
「ふんっ! 静かにしとくれっ! あたしゃうるさいのごめんだよっ!」
「あっごめんなさい!」
きょこちゃんは首をすくめました。おばあさんが飯盒のフタを開けるとそれは真っ白なご飯でした。
「あたしゃ歯がわりぃんだ」
おばあさんは独り言のように言いながら台所からお菜を持ってきました。
「あんたも食べるかぇ?」
「はいっ!」
きょこちゃんはパラパラの割りめしに比べたら、いつも自分が何気なく東京で食べている白いご飯のなんて美味しそうなこと!!と思いました。
「都会っ児は割りめしなんぞ食べられるもんかっ! 絹(おばさんの名前)も気が利かないんだからっ!」
その言葉にか、または、その言葉に含まれている何かにきょこちゃんは“はっしっ!”と打たれた気がしてしまいました。
「おばあさん、せっかくだけどきょこちゃん白いご飯いりません。割りめしでいいの。割りめしが好きなんですもん」
「ふんっ! 変わった子だねぇ。可愛げのないっ!」
おばあさんが白いご飯を美味しそうに食べ始めたのを横目で見ながら、きょこちゃんは2つめの割りめしおにぎりを今度はバラさないように注意深くお皿の上で食べました。
(おじさんやおばさんやみんなが、暗いうちから働いて割りめしを食べているのに、きょこちゃんはぜーったいこれからもここにお泊まりの間は白いご飯、食べませんっ!)と心に決めながら割りめしをしっかり噛みしめました。
ごはんについてのエピソード
それからは毎朝、どうしたら割りめしを美味しく食べているように見せられるか工夫し始めました。
何日か過ぎた頃、おばさんがおじいさんと話していました。
「ねぇ、おばあさん具合悪いんじゃないかしら?」
「えっ? なんで?」
「だって、昨日の夜も白いご飯は炊かなくていいやって言うんですよ。夜のお麺め(手打ちうどんを野菜と煮込んだこの辺りの定番料理)に割りめしを入れて雑煮にしてくれって。おばあさん、嫁に来てから一度も割りめしを食べたことがない人だったんじゃないんですか?」
「ハハハ、きっときょこちゃんと張り合ってるんじゃないか? きょこちゃんが都会っ児なのに、割りめし美味しい美味しいと食べてるだろう?」
「大丈夫ですかねぇ?」
田舎のおばさんの家ではこの時期の食事内容はだいたい決まっています。
(朝)
*薪で焚いた割りめしと昨日のお麺めの残りと漬物
(昼)
*割りめしのおにぎり、梅干し入り(スイカやウリがある時はそれも一緒に)
(夜)
*うどん部屋で打ったうどんを長ねぎ、ジャガイモ、煮干し、大根など野菜汁で煮込んだみそ味のお麺め *きゅうりもみ *塩をかけたトマト *たまにカボチャの煮付け
という具合でその他には何もありません。でもきょこちゃんとお坊は子供だからと、この他に山羊の乳やお麺めに卵を入れてくれます。
ある夕食の時、卵の入っていないお坊のお麺めに卵をあげようとするとおばさんに止められました。
「お坊はね、毎日卵1個ずつ割り当てがあるのに、それを売ってお小遣いをためているんだから、あげなくていいのっ!」
おばさん家(ち)ではニワトリとウサギと山羊を飼っていました。そのうちのニワトリのひとつのつがいは、お坊がお年玉をためて買ったもので卵を毎日たばこ屋さんに売っているのです。その際に自分の割り当ての分の卵も一緒に売っているということなのです。
「もっとお金をためてニワトリ増やして、卵をもっと売って、自転車買うんだぃ」
「だからって自分の分まで食べないで売らなくたっていいのに」
「わぁっ! すごーい!! お坊ってえらいのねぇ!!」
「うるせいやい!!」
「あのね、おばさん、きょこちゃんの分もね、お坊の自転車買うのに役立つニワトリのためにあげて!」
「ほおら! お坊が余計なことしてるからきょこちゃんまで・・・・・・」
(続く)