教授先生のお答え

「きょこちゃん、人間はね、誰でも2通りの心と決まりをもって生まれてくるのです。
1番大きな決まりは生きることと死ぬことで、生まれたら死ぬまでずっと前進し続けるという決まりです。前進を続けると、そのずっと先には死という壁があるのだけど、その壁にぶつかっても、つまり死んだとしてもその決まりはなくなることなく続いているので、ずっと変わらず前進を続けます。この決まりは目に見ることができないから、誰も恐がらずに生きていけるんです。何か恐ろしいものを本当に見たら、“キャーッ”なんて言って恐がるけど、誰にも見えていない、見たことのない壁のことは、みんなが知らないことでもあるので恐くないのでしょうね。

しかもこの死という壁にぶつかった時、身体からすべて心が抜けてしまうから痛いとか、熱いとか感じたり考えたりはしないのです。

さっき心は2通りあると言いましたね。それは、善きことの心と悪しきことの心とか、恐怖感と勇気とか、“相反する2つの心のセット”の種類がたくさんあって、生きていく時、このまったく反対の2つの心のどちらがたくさん動くかで生き方を決めているのです。心が動くことが生きているということですね。

 きょこちゃんが悩んでいるということは、すごく心が動いているということです。心がすごく動いているということは、すごく元気に生きているということです。

いつ来るか分からない壁のことの心配を心の奥に持っていても、それにフタをしておくという反対の心もまた、持って生きているのが人間です。そして、フタをきっちりしておくための重りは、心が元気に生きているということで可能です。元気であればあるほど重りは重くなるのです。後ろ向きに歩いている人がいないように、みんな前に向かって歩くように決まっているとさっき言いましたね?

前向きにしか歩かない人間の決まりの意味は、2つの心のどちらが動いているか、いつも考えながら歩くということにあるのではないでしょうか。

人は死ぬと知っているのにみんな平気で生きていられるのが、どうしてなのか全部分かったとはいえません。もしかしたらきょこちゃんと同じように、これから私も悩み始めるかもしれません。けれどもそれが生きているという喜びでもあるのですから、喜んで悩もうと思います。喜びで心を動かし続けたらきっとずーっと長く長く生きられるのではないでしょうか。

 きょこちゃんどうかな? あまりよく説明になっていなかっただろうか?」

教室は更にシーンとなりました。小さな女の子に分かるような言葉を選びながらも、学生に対してと何ら変わらない真摯な態度で生死観をしっかり説いている老学者である教授の姿に全員うたれてしまったからです。

とても素敵なシーンを見ているかのように誰1人身じろぎすらしませんでした。

「ふうぅ・・・・・・」

その静けさを破ったのは、きょこちゃんの大きな息でした。

「ふうう・・・・・・はぁ・・・・・・っ。きょこちゃんは今生きているから心がいっぱい動くのね? いっぱい動くとは元気なことだから、いつか死んじゃうと分かっていても、その恐い事にフタができちゃうのね? きょこちゃんが恐かったのは、喜んで生きているって知らなかったし、壁のことも知らなかったんですもん。今は先生から教わったから、もっともっと元気になって、フタがしっかりしまるように、もっともっと喜んじゃうこと考えます!!先生! ありがとう!!」

きょこちゃんはえらーい先生だということも忘れて、名誉教授を思いっきりハグしました。自分の心の苦しさを、一生懸命楽にしようとしてくださった先生の心がよく分かりましたし、とてもとぉっーても嬉しかったからです。

 学生たちから拍手が沸きあがりました。拍手はいつまでも鳴り止まず、よく見ると、いつ入ってきたのか、次の授業の学生たちも通路にあふれながら一緒に拍手していました。その中に赤羽さんも交じっていました。先生は白いハンカチを出して汗をぬぐいながら

「他に質問はありませんか?」

とお尋ねになりました。

1人の学生が手を上げ立ち上がりました。最初に手を上げて答えた大学生です。

「えーと、きょこちゃんは大人になったら何をしたいですか? えーと、職業とか・・・何か・・・」

彼はそう聞きながらなんだか少し照れくさそうに座りました。

「はい、いい質問ですね。私も是非聞きたいです」と、先生。

「ハイ! きょこちゃんね、前は大工さんになりたいと思っていたの。でもね、今決めたのは、大きくなったら大学をつくること。どぉーんな質問にも答えてくれる先生や大学生のいる大学にしたいの。子供も来てお勉強してもいい大学をつくりたいの。先生やみんなのような人たちと、子供や年をとった人みーんなが来られる大学をつくるの」

わぁーっというような声と拍手が沸きあがりました。きょこちゃんはすっかり嬉しくなって先生の手を取りました。

「先生、その時はきょこちゃんの大学に来てくれる?」

「生きていたらね・・・・・・。でも、そうだな、壁を超えていたとしても、きょこちゃんの大学をずっと見てるからね」

今度はさっきよりも、もっと大きな拍手になりました。

 

(おわり)