うれし涙でお食事
食堂に入りながら、「ここは何でもうまいぞォ! オイ、ヤセッポチ! 男ならしっかりしたもん食えよっ!!」と言いながら、男の人は自分の半分位しかない身体のサブちゃんを押し込むように店内のイスに座らせました。
「オジョウは、何食う?」
「あのね。わたしオジョウじゃなくて、きょこちゃんよ。」きょこちゃんは、ちょっとすまして言いました。もうすぐお姉ちゃんになるというのに、まるで赤ちゃんのようにタオルに包まれ、肩車されて連れて来られたんですもの。少しは、お姉さんらしくしなくてはと思ったからです。
「アッハッハッ! こりゃあ、まいった!! きょこちゃんか! きょこちゃん、何か食うだろ? 何でもいいゾ。」きょこちゃんは、サブちゃんの方をチラッと見ました。サブちゃんは暑いのに寒そうなお顔で身体を縮こませて、おイスに座っています。
「あのね、おじちゃん。サブちゃんはね、田舎からきょこちゃんのお父ちゃんのところに働きに来ているの。それでね、お店屋さんでお食事、食べたことないんですって。前にね、カツ丼もザルソバも食べてみたいなァって、言ってたのよね?サブちゃん。」
サブちゃんは、だまって下を向いたままです。
「おぉっ!! そうか!! そうか。じゃあ、カツ丼とザルソバ、両方頼んでやるよ! きょこちゃんは、何にする? ザルソバ? ウンウン、よしよし。 じゃあ、おれもカツ丼にするかな。おばちゃん!」おじさんは、お店のおばさんを呼びました。
「はい、はい、何にします? パクさん、今日はばかに景気よさそうじゃない?」
「はっはっはっ! ダメダメ! 仕事にありつけなくってさっ! 魚釣りしてたら、この二人を釣っちゃったんだよっ!」
「あらまっ」
「かつ丼2つとザルソバ2つ、それとビールにジュース。あっ、ツケにしといてねっ!」
「あら、あら。」おばちゃんは一瞬サブちゃんを見てからきょこちゃんにニッと笑いかけてくれました。
「あっ、そうそう。おばちゃんの言ってた屋根の雨もり、夕方から直してやるよ。」
「まぁまっ。いっつもこれなんだから、参っちゃうよっ。」おばちゃんは、口では参っちゃうと言いながらも、うれしそうなお顔で調理場に向かって、
「かつ丼2つ! お新香つけて! ザルソバ、2つ!」と注文を通しました。
そして、よく冷えたグラスを3つとビールとジュースをきょこちゃんたちのテーブルに置きました。
「さあっ! 飲めよっ。」おじちゃんが皆のグラスについでくれます。
「カンパイッ!」きょこちゃんも何だかすっかり嬉しくなって、グラスを持ちました。
「カンパイッ! サブちゃんも!!」でもサブちゃんは・・・泣いていました。折角ご馳走してくれるというのに、サブちゃんが泣いているのでパクさんにサブちゃんのことを悪く思われないように、きょこちゃんは頭をシャンとそらしてから、サブちゃんがどんなにいつも親切かを話し始めました。
きょこちゃんが大好きなイチゴやスイカを近くの畑からもらってきてくれることや、大工道具のカンナでオカカをかいてくれること、お仕事に行ったお寺のおりんを持ってきて、食事の時たたいてくれたこと、生まれたての子ブタの赤ちゃんを連れてきてくれたり、素敵な髪飾りを見せてくれたこと、などなど・・・一生懸命話しました。
「でもね、サブちゃんは、いつもみんな黙って秘密で持ってきちゃうから、お父ちゃんにこっぴどく叱られちゃうの。」きょこちゃんは、他の職人さんたちが使っている言葉「こっぴどく」にサブちゃんへの同情を込めて言いました。そして今朝、魔法の赤いお魚を釣りに、川へ連れて来てくれたことまでを話し終えました。
「だからね、サブちゃんが泣いてもパクさん、怒らないでね。」
「はい! おまっと!! カツ丼!! しっかり食べなっ!」おばちゃんがサブちゃんの背中をドンッと叩いて、お丼を置いていきました。
「ふぅーっ!!」パクさんはビールを飲み干すと
「さあ!! 食おう!!」と2人の前にカツ丼を置き直してくれました。
「あらっ、きょこちゃん、カツ丼じゃないもん。」
「ま、カタイこと言わずにちょっと食ってみな、うめぇぞぅっ!! ここん家のカツは上等の豚肉使ってるからなぁ。」
「えっ? ブタニク?」
「ブタニクって、ブタのおニク?」
「ダメッ! きょこちゃん、ぜーったい食べませんっ!」
「へっ?」
「だって・・・ブタニクは子ブタさんのしんせきだって、八郎おじちゃんがおしえてくれたんですもん。きょこちゃん、子ブタのしんせき食べるのいやっ。」
「なんだ、そんなことか。このブタニクは子ブタさんのしんせきじゃないよ。カツ丼のブタニクだよ。カツ丼って言うのさっ! だから、へっちゃらさっ! さぁさ、食った! 食った! 食った!」
「なぁんだソッカ」きょこちゃんは納得しました。
「いただきまーす! わぁっ!! なんて美味しいの!! きょこちゃん、ブタニクじゃない、カツ丼なら食べられるぅ!!」喜んだきょこちゃんが思わず大きな声で言うと、お店にいた他のお客さんたちもみんな笑って、こっちを見ました。
何回も丼を手に押しつけられて、サブちゃんは少し食べたくなさそうにしていましたが、少したつと息もつかないほどガツガツと食べ始めました。
パクさんは、それをうれしそうに見てから、きょこちゃんが食べ残した分をカッカッカッと食べました。食べ終えるのを見ていたように、
「ザルソバ! お待ちどうさま!!」と、ザルソバがきました。四角の箱におそばがのって、おのりがパラパラかけてあります。
(続く)