たとえ子供を生んでなくてもオカアサン?


たとえ子供を生んでなくてもオカアサン?

また、「母の日」がめぐってきました。普段は「ハハ、ノンキダネ」-の私に、嬉しくてウルウルしてしまうメッセージが届いたのです。

 初月給で買ったチョコレートを送ってくれたS子ちゃん。「遠くてさびしい道だって、小さな灯をともせたら、心がうたうよ・・・マイソング」―――と涙の中で一緒に歌ったのを思い出します。

 奇跡のような男の子を授かって「-娘より」とカードを添えて黙ってお花を置きにきてくれたK子ちゃん―――実の娘を持てなかった私には、遺伝子を分けた子のように可愛くって、誇らしい存在です。

 母子で頑張ってきたE子ちゃん、Mさん、Aちゃん、Tちゃん、Kちゃん、Mちゃん。

 ホントに本当にいろいろあったし、大変だったけど、カードをみながらそれぞれとの出会いの時を思い出してグッときてしまいました。

 Hちゃん、Tちゃん、Kちゃん、Oちゃん、Sちゃん、Iちゃん―――アルファベット全部が書けるほどどっさりの人から本当に嬉しい嬉しいメッセージです。

 こんな「我がママ」―「ワガママ」にいいのでしょうか? 心が洗われた一日でした。

 ありがとう。ありがとうの思いで、改めてたくさんの「おかあさん」を感じました。

 「おかあさん」の「オ」は古代音声では、はじからはじ、尾や緒、雄―――といった一方側を表しています。「尾=頭(かしら)」「雄=雌」「緒=へそ」-といったふうにです。

だから、敬語にするとき「御」をつけるのは、物事には必ず一方があればもう一方もあるということを忘れないためなのです。

 「御礼」「御祝い」「恩」「音」―とかね。余談だけど英語の「オン」=「オフ」―なども同じ発生語かもしれません。

 「おかあさん」の「カ」はエネルギー。

  • は「アメ」=「天」=「雨」=「在」=「有」=「亜」=「吾」=「与」

 「サン」は呼称として使われているけど、「サ」は「差」「些」「査」―両極にあるものを分けること、「ン」は無限につながる起励力を表すことです。

 アン(安・暗)イン(陰・印・因・韻)ウン(運)エン(縁・円)オン(恩・音)カン(感)キン(金・禁)など々。「ン」は「オ」と一緒に表されることもあります。

 だから、「おかあさん」ってすごい呼び方なんですよ。

 すべて両極性のある、無限につながる天のエネルギーを与えてくれる人のことを、表しているのです。

 イタリア語で家のことをカーサといいます。日本の演歌で「おふくろさんよ~(中略)お前も世の中のカサになれよと教えてくれた」―――というのを聴くとなにか語源が一緒のようで、なんとなくオカーサンとつながっている感じがしないでもない? これの根拠はちょっとあやふやですが・・・。

 子供を産んだ人、産まない人、女性だ男性だというレベルを超えて、無限の愛を与えてくれるのはみんなオカーサン。そんな人に出会えたら、心からの「ありがとう」って言いたいですよね。いろいろなことを考えさせてくれる、「おかあさん」。

 母の日はそんなことに気付かせてくれる記念日のプロなんです。






 生命(イノチ)


①    たった一つの小さなカケラが
リプレイ リプレイ くりかえし 創り出す
たった一人の大事なあなたを
リプレイ リプレイ くりかえし 創り出す
心を澄ませば みれるはず
つむぎ つむぐよ 生命(イノチ)のタペストリー
 
②    たしかにいつか聴いたはず
リプレイ リプレイ くりかえし きこえてる
母の心(シン)の息の音
リプレイ リプレイ くりかえし きこえてる
心を澄ませば きけるはず
よせてはかえすよ 生命(イノチ)のシンフォニー
リプレイ リプレイ くりかえし くりかえす
くりかえす
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