私の中のはじめの始め 2

私の中のはじめの始め 2


 私が何をしようと医学でなんと言われようと、息子は生きていて、私にメッセージをくれたのでしょう。

 それはもう足元がくずれてしまう程、びっくりもし、喜びも湧き上ってきた瞬間でした。

 「ミッタロくんは生きることにかけてはプロなのね。それに比べたらお母さんはアマチュアもいいところね。これからはミッタロくんを見習ってお母さんも生きることのプロになれるようがんばるねっ」

 あっ! この時なのです。

 「人でなし」

 人ではない動物と、人間の違いが分かったのは!!そして、私の中に、生きることのはじめの始めが、動き出したのです。

 動物が文明を作れなかったのは、生きることがスキとかキライとか、生きてる意味を考えない―――人生観をもたない、いわばアマチュアだったからではないでしょうか。

 同じ動物でも、人間は、生きてる意味や目的をみつけようとし、生きることがスキとか、キライとか考え続けたから人生観が生まれ、それを他の人間と、情報として伝え合うような必然性が重なり合って文明に繋げたのでしょう。

つまり、プロフェッショナルになっていった訳です。

 プロフェッショナルは自ら舞台を下りたりはしないもの?それなのに私はあまりにもアマチュアだったと、いわば、ガーンと気付いたはじめの始めがこの時だったのです。

 そのはじめがあって、いろいろその目で見直してみると、息をするのすら楽になりましたし、過去にあった過ちや後悔は、すべてアマチュア時代のことだと思えるようになって、また新しくプロとして生き始めればいいんだって決められたのです。

 だからこれが私の新しい生命のはじめの始めでしょうね。ただ、弱虫の私はまだまだアマチュアに逆戻りしてしまいそうなところがあるので、ヒトのプロとアマチュア動物の中間位かもしれません。

 そんな人間が人のプロになれるとしたら!?

 同じプロ仲間を作ることだと思うのです。

 なぜってヒトは自分の心を伝え合って生きられる動物でもあるからです。

 「赤信号、みんなで渡ればこわくない」―――的形質は仲間が多ければ多い程、勢いづいて頑張れるからです。

 ねぇ、あなたも。

 「ヒトのプロをめざそうよ!!」

 「一緒にね・・・」

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