早く大っきくなぁれ

何日かして赤い紙もはずされ、お母さんも起きて家の仕事を出来るようになりました。

よっちゃんはますます可愛く時々は大きな声で泣いたりするようになりました。よっちゃん、はやく大きくならないかなァ、と毎日きょこちゃんは楽しみにしています。付きっきりで絵本を読んであげたり、歌を唄ってあげたり

「ねぇお母ちゃん、よっちゃんはいつになったらきょこちゃんと一緒にお庭で遊べるの?」

「そうねぇ、まだ生まれたばかりですもの、ずーっと先よ。」

「ずーっと先って、明日の明日ぐらい?」

「もっと、ずーっと先。」

「じゃあ、明日の明日の明日の明日ぐらい?」

「もっと、もっと。」

「ふぅん、じゃあ、ずーっと、ずーっと先の明日なのね。きょこちゃん、きっと大人になっちゃう。」

「大丈夫よ。その時でも、まだきょこちゃん、子供よ。」

「でも、ずーっと、ずーっと先の明日まで、きょこちゃん、子供のまんまで待てないもん。」

「平気、平気。」

お母さんはちっとも心配していないらしく、忙しく働き始めました。

「ねぇ、よっちゃん、お姉ちゃんが子供のうちに早く大きくなるのよ。そうじゃないと、遊べないんだから。大人になったら、働かなくっちゃならないんですもん。いい? よっちゃん、おっぱい、どっさり、どっさり飲んで、はやーく大っきくなってね。明日のそのまた明日ぐらいには、今日より、ずーっと大っきくなってね。」

けれども、明日のそのまた明日の、そのまた明日になりましたが、よっちゃんは相変わらず赤ちゃんのままでした。

「よっちゃん、ごはんを食べないから、きっと大きくならないんだわ。」―――ときょこちゃんは、ちょっとがっかりして思いました。

「ごはんをちゃんと食べないと、大きくなれませんよ。」と、いつも言われていたからです。

よっちゃんは可哀想

お母さんが、お洗濯物を干している間、きょこちゃんは、よっちゃんのお顔が見える位置に座って、おやつを食べていました。ミルクココアにマリービスケットをつけて食べる、お気に入りのおやつです。

「あぁ、おいしい。なんておいしいのかしら。あっ、よっちゃん、お手々ちょうだいしてる!! よっちゃん、おねえちゃんのおやつほしいの?」

よっちゃんは、白いガーゼのお着物を着た手をヒラヒラ、動かしています。ちょうど『ちょうだい』と手を伸ばしているように見えます。

「わぁっ!! よっちゃん、えらぁーい!! 大っきくなるのに、おっぱいじゃなくて、おやつ食べた方がいいのよねぇ。ほぉら、ミルクココアをつけたマリービスケット、甘くってとぉってもおいしいでしょ?」

きょこちゃんは、ミルクココアをひたしてやわらかくなったマリービスケットを、よっちゃんのお口に入れてあげました。

「おいしい? 次は、ほぉら、おねえちゃんもひとくち食べてぇ。」

自分のお口にも、ひとくち入れてみせました。

「はぁい、次はよっちゃんの番よ。ひとくち食べてぇ。」

よっちゃんは、何にも言わずに、お口をモグモグ動かしているようです。次々に交互にひとくち食べてをくり返していたら、あっという間にマリービスケットは無くなってしまいました。

「どぅお? おいしかったでしょ? また次のおやつの時も、分けてあげるからねっ!!」

ところが、よっちゃんは何だか変です。お顔がだんだん真っ赤になってきました。

「おかあちゃぁ~ん」きょこちゃんは、お外にかけて行きました。

「おかあちゃぁ~ん。よっちゃんね、マリービスケット、おいしいおいしいって食べたんだけどねぇ…」

おかあさんは、きょこちゃんの話を終りまで聞かずに、さっと顔色を変えるとお洗濯物をほおり出して家の中に飛び込みました。きょこちゃんも急いでついて入ると、お母さんはよっちゃんを抱き上げ、お口の中に指を入れてビスケットをかき出していました。

「フガッ、フガッ」よっちゃんは苦しそうです。

「まあっ!! こんなにたくさん!!」お母さんは、よっちゃんのお口からおやつを全部かき出し終わるとお口の中をよぉくのぞいてから「ふぅっー」と大きく息をはいて、よっちゃんを抱き直しておっぱいを飲ませ始めました。

 最初は、なかなかちゃんと飲めずに「フガッ、フガッ」って言っていましたが、やがていつものように、コクッコクッと吸い始めました。お母さんは、抱っこしていない方の手で自分の額の汗をぬぐいました。おっぱいを吸っているよっちゃんのお目々から涙がポロッとこぼれました。

「うっ、うっ、うっ、うっうぇ~ん」

何だかとってもびっくりしたきょこちゃんも泣き始めてしまいました。

「どぉして、赤ちゃんのお口にビスケットなんて入れたの?」

聞いたお母さんの声は、まだちょっと震えています。

「えっ、えっ、えっ、だって…だって…」

「泣かないで、言ってちょうだい。」

しゃっくりあげながら、きょこちゃんは話しました。よっちゃんに早く大きくなってほしいと思っていることや、おいしいおやつを欲しそうに見えたこと。

「よっちゃん、美味しい、おいしいって食べたんですもん。」

「きょこちゃん、よぉく聞いてちょうだいね。よっちゃんは、まだ赤ちゃんなの。赤ちゃんは、きょこちゃんのように、おやつでもおかしでも何でも食べられないの。だから、これから絶対何も食べさせちゃだめよ。いいこと? 絶対に何も食べさせちゃだめよ。お約束ですよ、いいわね?きょこちゃん。」

「どぉんなに美味しいおやつも?」

「そう。どんなに美味しくっても、いけません。」

「おみかんは?」

「おみかんも、だめよ。」

「アメは。」

「アメも、だめ。」

「じゃあ、よっちゃん、すっごく可哀想じゃない。」

「だって、赤ちゃんなんですもの仕方ないのよ。いいわね?何にもあげちゃいけませんよ。」

「ハァーイ」(そうか、よっちゃん、どんなに美味しいおやつも、おかしも、おみかんも、アメも、なあんにも食べられないのかァ。可哀想だなァ。)

「おかあちゃん、きょこちゃんも、もうミルクココアでふやかしたマリービスケットも、おやつも、なぁんにもいらない。よっちゃん、食べられなくて可哀想だからいらない。」

「いいのよ。きょこちゃんはお姉ちゃんだから食べてもいいの。」

「だって…だって…よっちゃん、可哀想なんですもん。」

「だから、大切に可愛がってあげましょうね。赤ちゃんは、自分では何にもできないんですから、守ってあげなくちゃね。」

 その日以来、きょこちゃんは、美味しいものを食べられない可哀想なよっちゃんをとっても注意深く可愛がるようになりました。

(続く)