差し押さえ
よっちゃんが生まれて3日目のことです。突然、3人の男の人達が家にやって来ました。
「奥さん、すいませんねぇ」と言いながら、手にした赤い紙テープを家具に貼りはじめました。
「おじちゃんたち、何でそんなことするの?」
「ごめんね、おじちゃんもこんなことするのは、イヤなんだけどね。こういうお仕事なんだよ。」
「おじちゃん、きょこちゃんの引き出し、開かなくなっちゃうじゃないの。」
「悪く思わないでね、おじょうちゃん。」
「おじょうちゃん、いくつ?」
「3さい。きょこちゃんね、お姉ちゃんになったのよ。」
「そうか、お姉ちゃんか。お姉ちゃんならここにいないで、赤ちゃんのそばに行ってくれないかなぁ。」
「おかあちゃん、どぉしておじちゃんたち、あんなことするの?やめさせて。ねぇ、お母ちゃん。」
お母さんは青い顏をしてよっちゃんを抱いて、お布団に座っていました。
「きょこちゃん、これはね、差押えっていってね、お父さんがお金を払えないので、払えるまで、家のものを全部使ってはいけないっていう、しるしをつけてるの。だから、仕方ないのよ。」
「じゃあ、じゃあ、お父ちゃんは悪いことをしたの?」
「そうじゃないの。お父さんは人がよくて、お友達だって思っている人が、お金を借りる保証人になったんだけど、その人が逃げっちゃったから、お父さんがお金を返さなくてはならないのに、返せないのよ…」
「それじゃあ、逃げちゃった人を捜して、お金を返してもらえばいいのに。」
「そう。でも、ずーっと捜しているんだけど、とうとう見つからなかったのね。だから、仕方がないのよ。おじちゃん達はお仕事でしているんだから、きょこちゃん、邪魔しちゃだめ、ここにじっとして、お母さんのそばにいて。」
けれども、きょこちゃんは、じっとしていられませんでした。
そーっと、おじさん達の後から、次々と赤い紙テープが貼られるのを見ていました。
「あーっ!! おじちゃん、そこはだめ!! そこの引き出しはだめなの。」
思わず、おじさん達の前にとび出しました。
「ごめんよ。」
「じゃましないで、あっちへ行っててね。」
「おじちゃん、この引き出しは、よっちゃんのお洋服が入っているの。よっちゃん、生まれたばっかりなの。きょこちゃんはお姉ちゃんだから、お着替えなくてもがまんできるけど、よっちゃんは赤ちゃんだから、わからないんですもん。よっちゃんのお洋服は、出せないと困るの。」
「ごめんよ。」
赤い紙テープは、ベッタリと、よっちゃんの引き出しにも貼られてしまいました。
「奥さん、全部終了しました。それでは失礼します。」
「ちょっと待って!! おじちゃん、このママ―ちゃんは?」
きょこちゃんは、材木屋のおじちゃんに買ってもらった、大きなママ―人形を引きずってきました。
おじさん達は、ちょっと困った顔をしましたが、
「それは、いいよ。」と言いました。
「あのね、このママ―ちゃんは、きょこちゃんのいっちばん大事なお友達なの、ママ―って言うのよ。ねっ、見て、見て。ねっ、ママ―って言うでしょ。」
ママ―ちゃんは、きょこちゃんより大きな人形ですが、きょこちゃんはそれを寝かせて、起こして見せました。すると、『ママ―』と言うからです。
「ねっ、すっごいでしょ? ねぇ、おじちゃん。このお人形に赤い紙、貼っていいから、ねっ、おじちゃん、このママ―ちゃんあげてもいいから…。よっちゃんの引き出し開けて、よっちゃんのお洋服、返してちょうだい。」
「………」
「………」
お母さんはよっちゃんを抱きしめて、シクシク泣いています。
「おいっ! だれだ? あんな壁に赤紙貼ったのは。」突然、一人のおじさんが言い出しました。
「おぉ、そうだな。まちがえてタンスかと思って赤紙貼っちゃったな。カベか、カベだったんだナ。」
「カベだ。カベだ。」
おじさん達は口々にそう言うと、よっちゃんのタンスの赤紙をはがしてくれました。
「おじちゃん、よっちゃんのタンスよ。カベじゃないわ。」
「いやいや、きょこちゃん。おじさん達には、カベにしか見えないよ。」
「ママ―ちゃんを、はいっ。」
「赤ちゃんはつれていけないよ。」
「でも、ママ―ちゃんは、お人形よ。」
「いや、いや、ちゃんと泣いてただろ、赤ちゃんだよ。大事にしなさいね。」
おじさん達は、きょこちゃんの頭をなでてから、お母さんの方に帽子をぬいできちんとおじぎをして帰って行きました。
(続く)