2.息子がくれたもの②
生まれてくれてありがとう
「こんな大人に愛ったから」で書いているとおり、
私は出会った人が良かったんです。
私は「愛されて」いました。
けれど息子はいじめが元で動けない身体。
明日の生命の保障のない身体になっていたのですから、
他者を喜ばせることが喜びなんで自分だったらできない。
息子は愛するためだけに生きて、
他者を喜ばせることを喜びとしてだけ生きていました。
それが人間の本質、と息子から教わりました。
学ぶまでに22年間もかかりましたが、
学び終るまで彼は辛抱強く待って、生きてくれました。
息子から学んだことを実践するため、みんなの居場所をつくるために、
意学環境研究所を立ち上げました。
弟が生涯の伴侶を見つけ、彼女も医師だと伝えた時、
彼は“ありがとう”と目に涙をいっぱいためて云いました。
そうして、自分の役目は終わったというように、
それを見届けると安らかに逝きました。
10数年が経ち、彼に会ったことがある人に加えて
彼を知らない人たちも研究所に多くいます。
けれど彼の残した他者を喜ばせることが
人間として一番高位な人なのだというコンセプトは、
無数の分子になって今も研究所の空気にとけこんでいます。
彼の言葉“生まれてくれてありがとう”は、
17回を重ねる研究所イベント“みんなの誕生祭”に生きています。