2 頭が痛い!

 そんなとき私の講演を聞き、私に会いに来られました。そのときの彼は、21歳の頃に戻っていました。とてもふて腐れてソッポを向いたまま、椅子にダラッと座って、組んでいる足をたえず小刻みに震わせていました。何か質問しても答えはなく、土気色の皮膚はつやがなく老人のようでした。

 母親からこれまでの経過を聞いているうちに、突然、「頭が痛い」と泣きわめき出しました。母親はまるで誰かにはたかれたような狼狽ろうばいした顔つきになって彼を抱きかかえ、彼の頭を押さえながら、

「息子は20歳のとき、バイクで転んだんです。本人はそのときに戻っているみたいです。事故当時、脳の検査もしたんですが異常なしと言われ……。なのに、それ以後こうして頭が痛い、頭が痛いと騒ぐようになりました。そのつど病院で検査をしたんですが、やはり何でもないと言われ、そのうち仕事へ行く途中、電車の中などで今のような頭痛が始まって……。以後ときどき起きるようになってしまったんです。病院では精神科にまわされて、鎮静剤を与えるとおとなしくなるのでつい、それに頼っているうちに………」

 母親は泣きながらこう続けました。

「家は本家だもんで人の寄り合いが多く、そういうときにこうして今のように騒がれると困るもので……。会社も、学校でいじめにあったときと同じで上役がいじめるから、と言って退職してしまいました。上役さんにお目にかかりましたがそんな方ではありませんでした。親身に相談にのってくださいましたしね……」

 有名なアメリカのビリー・ミリガンの事件(※)を思い出しました。

 この息子さんも、もしかしたら多重人格かもしれないと思いました。

 


※ビリー・ミリガンという男性が殺人事件を起こして逮捕されたが、その男性の中にはなんと28人もの多重人格が存在していると判定され、入院となった事件