11 脳足りんを憎んで人を憎まず(1/3)
「あのね、この人、人から嫌われていない?」
彼を無視して、付き添いの夫人に向かって言いました。夫人は2人のやり取りを呆れたような、面白そうな顔つきで聞いていました。
「ええ、そのとおり、嫌われていると思います。私だって嫌いですから」
夫人は初めて口にする言葉を言い切ったようでした。その言葉につられて堰を切ったように話し始めました。結婚してから27年間の不満と不幸を、しっかりした口調で話しました。
「 ―――― ですからこの人は、自分以外の人は信用していないんですの。自分以外の人に感情があるなんて、きっと思ってもみないんですわ」
「 ―――― うーん、ム………そんな不満があったんなら今までなぜ言わん! こんなところで、人に恥をかかせる必要がどこにあるんだ!」
夫人に向かって、自尊心を傷つけられた怒りを強い口調で言いました。
「ほら、あなたはそうやって、いつも頭ごなしにおっしゃる。今までも聞いてくださろうとはしなかったし、もしお聞きになっても、不満を持つ私のほうが悪いと決めつけておしまいになりますわ」
夫人は涙声になって語り続けました。彼は体をブルブル震わせて、今にも頭の筋が切れてしまいそうな顔つきになってきました。