9 道太郎が稼いだ1万円(2/2)

  そのとき私にパッとひらめくものがありました。道太郎が5歳のとき、元気で遊んでいましたが、家がお金に困っているのを助けたいと、小切手、中切手、大切手なるものを作ってくれたことを思い出したのです。道太郎はそれ以来お金にとてもよく反応していました。

「先生1万円お持ちですか? それと千円札もありますか?」

 一人のドクターがポケットから2種類のお札を1枚ずつ取り出してくださいました。私は再び道太郎の耳元に口を近づけて言いました。

「ねぇ、ミッタロクン、先生がねミッタロクンにお小遣いをくださるってよ、どちらか好きな方をどうぞですって、ミッタロクンどっちをいただく?」

ドクターの手を道太郎の目の前に導き、右手に1万円、左手に千円札を握っていただきました。道太郎はゆっくり目を開けると頭も起こしました。そしてじっと2枚のお札を見てから手をユラユラフラフラさせながらでしたが伸ばして、片方お札をつかみました。それは1万円札でした!!

 一同は一斉に、「おお!!」というようなどよめき声を上げました。

「ご覧のとおり、道太郎はちゃんと認識できるんです」

「ア~リィガァ~~トォ~~ゴザ~~ィマァ~~ス~~」

そのとき道太郎は、接触の悪いコンピューター音声のような話し方で言いました。再びドクターたちはどよめき声を上げ、私はすかさず言いました。

「先生方が医学的に不可能だと思っていらっしゃったこの子が、自分で選んでとったお金です。お返ししなくてもいいですよね? お疑いならもう一度してみてもいいんですが……」

今度は大爆笑! 道太郎は!? しっかと1万円札を握って、ゆっくり微笑んでいました。その目に元気だった頃のようないたずらっ子的表情がチラッと見えて、私は胸がいっぱいになってしまいました。ねっお母さん、僕が1万円もらったから、貧乏じゃなくなるね、とでも言いたそうでした。

 人間の生命力とは本当に不思議なものです。そのことに今さらながら心を打たれ、虫食い状態の我が子の脳写真を見ながら、本当の「ノータリン」って何だろう。こうして脳が欠損していることではなくて、脳の全部があるにもかかわらず他の人を思いやれず、脳の力をちゃんと、しっかり、使っていない人のことを言うのだな、と考えていました。けれども残念ながら新しい治療法は医学では見つかりませんでした。