6 蚊が道太郎の足を刺した!

 

 手術以来14年経った頃のことです。自力では一歩も歩けない息子道太郎は、目の前にグラスがあっても自分でそれを持って中の水を飲むことすらできません。手や足がちゃんとついていて、冷たい、熱いが感じられるのに、自分の思うように動かせない身体。その身体の中に閉じ込められた彼の精神は、彼の心は、どんなに不自由で苦しいことだろう。道太郎を見ながら、ふっとそんなことを考えたとき、内臓をギュッとつかまれたような、吐き気と共に酸素が急に薄くなったような苦しさが一緒くたになって、言い知れない絶望感に打ちのめされた感覚になることがありました。

 どんなに勉強しても、医学が進歩しても、たくさんの人を喜ばすことをしても、道太郎は治らないと、地獄からの声が聞こえて、私を離さないときがありました。そんな声が聞こえるときは、“どうしてもがんばれない”と、つらいつらい思いの底に深く沈んでいく毎日でもありました。

 うちひしがれて、地獄の底を見たと思える日々が続いたある日、道太郎の足が蚊に刺されているのを見つけました。蚊に刺された所がプッとれて、かゆそうだったので、庭にあるアロエの葉をってその汁をり込んでいるとき、ふっとひらめきました。

 蚊が道太郎の肌を刺すということは、生きた血がしっかりと流れているんだ! 蚊が吸うのに値する生きた血が流れているんだ! 血が生きているんなら、回復の可能性が皆無じゃない! 勇気が、ファイトが、ふつふつと湧いてきました。

 道太郎が自由に動けないのは、手足が死んでいるからではなく、脳の組織に機能できない欠損があるからだと、一番の大元に着目しました。手先や足先といった脳の出向機関のリハビリとともに、その指令源の脳の生きている部分をもっと活性化しなければならないと気づきました。