4 ないない尽くしを解消したい

 点滴だけで食物をとっていない時は片手で持ち上げることができるくらい軽く、骨と皮ばかりになっていた道太郎ですが、食べ物が口から少しずつでも入ってくるとみるみる血色が良くなってきました。やはり人間にとって口から食べ物をとるということが重要なんですね。

 脳の栄養も入り、体力がついてきた道太郎を見ていたら欲が出てきました。手や足が悪いわけではない、声帯がないわけではない、目も鼻も耳も脳内出血する以前と何も変わらず目の前にあるのに、喋れない・・、見えない・・、聴けない・・、五感が働かない・・ないない・・・・尽くしを解消できないか、どうしても少しでも解消したいと思いました。脳内細胞がうばわれると、すべての機能が働かなくなることはわかっていたのに、現実に見せられるとその恐ろしさを改めて実感させられました。その反面“何とかなりそう”という常識外れの大それた希望もムクムク湧いてきて、毎日病院へリハビリに通いました。

 しかし、意識のない道太郎を機械に固定し、無理やり動かしている姿を見ると拷問されているかのように思えて、指導の先生には申し訳ないと思いながら病院への足が遠のいていきました。

 脳からの指令が出ていないのに、無理やり身体を動かしても、残った脳細胞が嫌がっている。でも身体の細胞は生きている。だったら血行をよくし、筋肉の退化を防がなくてはと考えました。時間がある限り手で、電気マッサージ器で、温浴で、と続けました。当時小学校1年生だった次男に手伝わせ、タオルケットの下に麺打ち棒を4本置いたその上に道太郎を乗せ、2人でタオルケットを揺らして刺激を与えることもしました。今考えるとゾッとしますが……、当時の必死な思いの中で思いついた最善の策だったのです。その場面を垣間見た私の母は『道太郎かわいそう…』と何度も何度も涙を流していました。けれども少しずつでしたが声を発するようになってきました。最初は顔をしかめるだけから、身体も少し動かせるようにもなりました。