ショートケーキは、おいしかったけど・・・・・・

そして、ちょうどショートケーキの最後のひとかけがきょこちゃんのお腹にすべりこんだ時、紳士が戻って来ました。

「どぉ? 期待通りでしたか?」

「う~ん、もう、想像してたより、ずーっと、ずっと、ずーっと、ずーっと、だんぜん 美味しかったで~す。ごちそうさま」

きょこちゃんは満足のため息とともに頭をピョコンと下げました。

紳士がポケットから真っ白のハンカチを出して、きょこちゃんのお口の周りをぬぐってくれました。

「きょこちゃん、あなたの大切な石のことだけどね。ここでは、この石切れないんだよ。こんな石を切るのには専門の機械がいるもんでね。ここ、お店には置いてないからね」

(アタシだって、自分で切ろうとしたけど切れなかったんだ)

「私もお父ちゃんのノコギリで切ってみたり、色々してみたけど、ノコギリの方が切れちゃってダメだったの。おじちゃんのところじゃ切れないから、工場かどっかに預けて切ってもらうの?」

「どうして、切りたいの? このまま、大切にきょこちゃんが持っていた方がいいんじゃない」

「おじちゃんのお店今、お金持ちじゃないの? この石、買えないの?」

「どうしてこの石を売りたいの?」

「だって、だって・・・・・・」

そこで、よっちゃんにレースのブラウス買ってあげたいことを話し始めました。

「だってね。よっちゃんより、かわいくない子もみーんな着てるのよ。流行っているから。で、よっちゃん、黄色のレースのブラウスを見て『ほしいなぁあぁいうの』って言ったんだけど家では買えないって・・・。よっちゃんに着せたら、きっと、世界中で一番かわいく見えると思うのに!」

次はお母さんの話でした。

「汗ダクで口をきくのも大変なほど疲れても、ラーメンのスープを作ったり出前をしたり、働き通しのお母ちゃんが月末になると、いっつも涙こぼして、なんで働いても働いても借金が減らないのかしらって言っているの・・・」

と、いくつものことをなぜだか初めて会った紳士にスラスラと、今まで他の誰にも話さなかった心の中の重荷を、いっぺんに話してしまいました。

「だからね、この石売って大金持ちになって、借金みんな返してね、よっちゃんに黄色いブラウス買ってあげて、隣の破産しちゃった薬局のおじちゃんの破産、直してあげて、ぶちゃこっていじめられてる女の子、美容整形してシンデレラにするの。あと、つくだ煮屋のおじちゃんには、馬買ってあげるの。そしたら、競馬ばかりしなくなるでしょ」

「そぉ。じゃあ、きょこちゃんはお金持ちになったら何したいの?」

「だからね、今、言ったでしょ。そういうこと、全部したいの」

「そぉ」

おじさんはちょっとの間、天井を見上げていました。

「きょこちゃん。君は、とってもしっかりした、かしこい子だから、本当のことを言うね、あの石はね、切っても中に宝石はないと思うよ。日光で掘ったって言ったよね。日本にはガーネットの大っきなのが埋まっている鉱脈がないし、長年、石を扱ってきたからわかるんだけど・・・。切って粉々にしてしまうより、そんな大きな原石を見つけられたという記念に大切に持ってたらどうだろう」

担任の先生から、理科室に飾ろうと言われてもきっぱりお断りして、今日の日まで大切に持ってきたこの石、売れないんだぁ―――。

ガッカリを通り越して、急に全身の力が抜けて何もしゃべれなくなってしまいました。

「君みたいな子は、大人になったら何をしても大成功して、きっと大金持ちになれると思うよ。その時まで、この石をお守りにしたらどうだろう」

話を聞きながら、きょこちゃんのノドに今日何回目かのかたまりが上がってきました。

でも、今度ばかりはゴクリとできずに、眼に涙がにじんできてしまいました。熱心にきょこちゃんの眼をしっかり見て話をしている紳士の眼にも、うっすら涙がにじんでいました。

(こんなガッカリなことって・・・)

泣かない、泣かない、泣かない、泣かないゾって頑張っていたのに、どんどん涙があふれて隠せなくなってしまいました。

「ごめんなさい。ご迷惑かけました。アタシ帰ります」

深々と頭を下げると、ソファから立ち上がりました。

「待ちなさい。今、車で送らせるから。ショートケーキをおみやげに、よっちゃんとみぃちゃんに持って帰った方がいいよ」

「大丈夫よ。おじちゃん、ありがとう。うぅん、でも・・・やっぱり歩って帰られない。だって、だんぜん、がっかりしちゃったんですもの」

「うん、うん、わかってるよ。だから車で送らせるからね。いいんだよ、いいんだよ。今日、お会いできてうれしかったから、ありがとうね、石を見せに来てくれて。それから、1つ聞いてもいいかな? 君は特別、寒がりなのかい?」

そこで、冬のスーツを着て来たいきさつを話すと、紳士はお顔をクシャクシャにして、くるっと後ろを向いてしまいました。

「うん、うん、そうか、そうか。ありがと、ありがと、話してくれてありがと。君が大人になるの楽しみだなぁ。きっと君のお母さん、君のこと自慢に思ってるだろうね」

「ハイッ、アタシもそう思っているんだけど、お母ちゃんはきょこちゃん育てるの大変苦労だって嘆いているのよ」

立派な紳士が真剣にきょこちゃんの話を聞いてくれて、ショートケーキのおみやげまで持たせて、黒いすっごいピカピカの車で本物の白い手袋をはめた運転手さんに送らせてくれたなんて! 小公女セーラみたい!!

そのことで大いになぐさめられたきょこちゃんは、売れなかった石をまた持って帰路に着いたのでした。

銀座の一流宝石店へガーネットを売りに行ったエピソードです。

(おわり)