きょこちゃん、堪忍袋の緒が切れる
「花をとるか実をとるか・・・・・・、いつも選択を間違うものが失敗するのさ。ふん・・・・・・見栄の果ての失敗だね・・・・・・家の身内はとにかく・・・・・・どうにかみんな世間並み以上に成功しているものばかりだというのに・・・・・・一族の恥ですよ。まったくのところ・・・・・・。この子にもさっき言ったんですよ。(きょこちゃんの脇を突っつこうとしましたが、きょこちゃんはおばさまから身体を離していたのでおばさまは空振りをしてしまい、きょこちゃんを睨みつけました)
この子の父親もよく似てますよ。血のつながりはないのに・・・・・・クニちゃんも馬鹿な人と一緒になったもんだわね。完全に失敗者ですよクニちゃんの連れ合いも・・・・・・わたくしはクニちゃんのが可愛そうでね・・・・・・」
きょこちゃんは「クニちゃんが可愛そう」というおばさまのその言い方を聞いて、スクッと立ち上がってしまいました。(我慢にも限度というものがあります!!)
「おばさまっ!! お母さんは可愛そうじゃありません!! それに・・・・・・それに・・・・・・お父さんは!! 失敗者ではありませんっ!! 人を騙したり、働かないで怠けているくせに、人の悪口を言ったり、人をねたんだりする人が、失敗者なんですって、お母さん、そう言ってたもん・・・・・・。お父さんはね、人の悪口、絶対に言いませんからねっ!!
おばさまはお母さんを自分の子にして、大切に育てると言って引き取ったのに、それは全くの嘘で女中と同じにこき使ってたって、お母さんの親友から聞いたんだから!! お父さんとお見合いさせたくせに・・・・・・お母さんの結婚が決まったとたん、裸同然で追い出したってことも、聞いてますよッ!
それに、すごーく威張ってきょこちゃん家にお泊まりするじゃない! おばさまが嫌なこと言って口答えするきょこちゃんを叱って、お父さんはおばさまをかばってるでしょ! きょこちゃんもよっちゃんもみぃちゃんも、みーんなおばさまがお泊まりするの嫌って言った時なんて・・・・・・すごーく叱られたんだから! 『おばさまは旦那さんも娘さんも亡くして寂しい人なんだから、やさしくしてあげなさい』って言ったんだからねっ!! それから、それから・・・・・・『カフェの女給みたいで私は好きませんよ』って言ったおばさまの部屋着、お母さんの一番いいお着物ほどいて、寝ないで縫ったんだから・・・・・・。
文吾郎おじさんのことだって、結婚式の時はすごーく褒めてたじゃない!! おばさん家の石垣だって文吾郎おじさんが直してくれたんでしょ? それこそお金返したら!!
おばさまなんて・・・・・・おばさまなんて・・・・・・うっうっ・・・・・・うっ。人のために何かができる人が偉い人だって、お父さん言ってたもん。会社失敗したって・・・・・・仕事失敗したって・・・・・・・・・・・・それなのに・・・・・・うっうっうっ・・・・・・っうっ・・・・・・」
もっともっと言いたいことはどっさりありましたが、話しながら次第に悲しくなってきました。お父さんやお母さんがどんなにがっかりするでしょう! 口をはさむなと言われていたのに、きょこちゃんは生まれて以来の長いスピーチを大勢の人の前でしてしまったのですから。そしてとうとう泣き始めてしまいました。
「ふーっ・・・・・・と、やあだ・・・・・・びっくりした! なんだい、この子は行儀も何も・・・・・・なってない!! みんなもみんなだ、なんでこの子の話を聞いているのさっ!! 黙らせもせず、みんな呆気にとられたような顔をして・・・・・・」
文吾郎の妹さんの女医さんが言い出しました。
「おばさま、あたくしはきょこちゃんの言い分、全部もっともだと思いわすわ。あたくしは・・・・・・あたくしは・・・・・・文吾郎お兄さんのお陰で医学校を卒業して念願の医師になれたんです。私はお父さんの後妻の子ですから、お兄さんにとっては・・・・・・でも、本当の妹として大事にして応援してくれました。そのお兄さんを失敗者と決めつけるなんて・・・・・・うっうっうっうっ・・・・・・」
「僕はグレていたんだ。でも兄さんが僕のもつ力を信じて才能を伸ばせと言って大学に入れてくれた。兄さん! ありがとう! 今あるのは兄さんのお陰ですよ」(6年生の時おもらしのことを言われた代議士先生も文吾郎おじさんの弟さんだったんだ!!)
「うちの人は、傾きかかった家を継いで途方にくれていました。文吾郎さんは自分の家を売って税金を支払ってくれ、それ以降も本家の兄としてずーっと立ててくれて・・・・・・」
と、亡くなった人の奥さん。
「文吾郎さん、いかがなものでしょう。人望のあるあなたにお願いがあるのですが・・・・・・。わが社の相談役引き受けてもらえないでしょうか・・・・・・」
と、羽振りがいいと言われた事務機屋さんが申し出ました。
「文吾郎さん、実はね、遺産運用について・・・・・・」
と、チンクシャおばさん。
さっきまでとはうって変わって、口々に文吾郎おじさんに話しかけ始めました。文吾郎おじさんは以前のように、いえ、以前よりもずっと明るいお顔になっています。
女医さんと乾杯!
女医さんがきょこちゃんのそばに来てジュースを注いでくれました。
「きょこちゃんカンパイ!!」
「カンパイ!」
もう、どんなにおばさまが「ふん!」と言おうが、誰一人おばさまに見向きもしませんでした。文吾郎おじさんが飾られた遺影に向かって小さな声で
「兄さん、ありがとう・・・」
とつぶやいたのを今度もきょこちゃんは聞こえました。
おばさまはその日以来、2度ときょこちゃんのお母さんに用を言いつけることはなくなりました。お母さんはその理由がわからずに、その後もずっとおばさまのお世話に定期的に通っていましたが、お葬式での話を聞かされることはありませんでした。
(おわり)