さだよ姉さんからの相談
「こんばんは」
「あらっ、きょこちゃんどうしたの?」
「よっちゃんがお人形忘れていっちゃったの」
「えっ? お人形? あーっ、これかしら?」
「あっそれ! よっちゃんのお人形。ありがとう! よっちゃんに探してくるってお約束したのよ、よかった、ありがとう」
「もう帰るの?」
「はい!」
「じゃ、送ってってあげる、わたし」
「ああそりゃあいい。よかったねぇ、もう子供には遅い時間だからね。さだよ姉さんお願いします」
「えっ? おばさんのお姉さんなの?」
番台のおばさんの言葉にきょこちゃんは思わず聞き返しました。どう見ても番台のおばさんの方が年上に見える、若くてきれいなお姉さんが、お人形と一緒にきょこちゃんを送ると申し出てくれたからです。
「やあねえ、んな訳ないでしょ。さだよ姉さんはね、深川の有名な芸者さんなんだよ。今夜は何か嫌なことがあって早引きしてきちゃったんだよ、ねぇ?きょこちゃん、芸者さんのことを“お姉さん”というのさ」
「ふーん、そうなの、番台のおばさんのお姉さんじゃないのかぁ。さだよねーさんって言うのに・・・」
「不思議な世界なのさ」
さだよ姉さんは不思議という言葉に力を込めてつぶやきました。
「さぁ、ぼちぼち行きましょ」
「はぁい」
きょこちゃんはよっちゃんのお人形を持つと、さだよ姉さんと外に出ました。
「さだよねーさん、ゲイシャさんて、オイシャさんのようなもの?」
「えっ? なんだって!! やあだ! ゲイシャは芸者、芸事を見せる仕事」といって笑いました。
「ゲイゴト?」
「そっ、おどりや、三味線や、長唄、ドドイツ、太鼓まで叩くのもいるわよ」
「わっ! すごい!!」
「すごくはないけど、結構お稽古きびしいのよ。それにね、不思議なこともいっぱいある仕事なの」
「ふしぎ?」
「芸者はふつう独り身なんだけどさっ、そっ、子供がいたのよ、わたし。あなたよりちょっと小さな女の子がね。その子がそういうお人形持っていたの、いつもね」
きょこちゃんはさだよねーさんの『あなたより小さい子がいる』という一言に心がすっかり惹かれていました。こんなきれいな“ねーさん”の子供なんて・・・どんな気持ちかしら。
「おどりや、三味線やゲイゴトができるお母さんをもっていていいわね。その子なんていうお名前?」
「春江っていうの」
「わっ! ほんと? よっちゃんはね、あの・・・・・・妹なんだけど・・・・・・5歳のヨシエっていうのよ」
「そうなんだ。春江はね、6歳・・・・・・かな。3歳の時、別れたっきり何回も会ってないの」
「えっ? なんで春江ちゃんといつも会ってないの?」
「ちょっとそこのブランコ乗んない?」
きょこちゃんの家に帰る途中に小さな児童公園があります。そのブランコに乗りました。きょこちゃんはなにか大切なことを話す相手に選ばれたような気がしていました。
「春江はね、私のお母さんのところで育ててもらってるの」
「お父さんは?」
きょこちゃんは子供らしい素直さでストレートに聞きました。
「ふっー、死んじゃったのよ。春江がお腹にいる時にね。それで私、芸者に戻ったんだけど・・・・・・春江育てる自信がないんだよね、これが・・・・・・!」
「春江ちゃんさびしがってないの?」
「さぁ、どうかなぁ、生まれた時からおばあちゃんが面倒みてくれてたから・・・」
「そのおばあちゃんは、春江ちゃんのおばあちゃんで、さだよねーさんのお母さんのことよね」
「うん? そうだけど・・・・・・」
「さだよねーさん、お母さんいてうれしい?」
「うん、まあね。春江を見てもらっているしね」
「あたしもお母ちゃんいてうれしい!! だから春江ちゃんもお母ちゃんいてうれしいって思ってた方がいいんじゃない?」
「うーん、そうかなあ、芸者の仕事ってねぇ、他の人からはあんまりよく思われていないみたいだし、私に子供がいること知っている人いないの。お客様はね、私のこと22歳だと思っているのよ、不思議よねぇ、そんな不思議な世界にいる私がさ、お母さんなんて・・・・・・きっと今に春江が恥ずかしがるって・・・・・・思ってさ・・・・・・」
「どうして? どうして春江ちゃんは恥ずかしいの?」
「・・・・・・・・・・・・」
初めて会った人なのに、その上きょこちゃんが子供であるにもかかわらず、こんな打ち明け話をするなんて、きっとさだよねーさん、何事かで悩んでいて、誰にも相談できないんだろうなァときょこちゃんは本能的に感じ取っていました。不思議な世界というときの声にも少しひっかかるものを感じます。きっと大変な世界のことなんだろうと思いました。
(続く)