おじちゃんの引っ越し2
「えーっ! ダメなの?」
きょこちゃんがベソをかきそうな顔になったので、先生は急いで話を続けました。
「これからね、先生はこの人とじっくり話をして、いろいろ決めようと思うんだよ。その方がいいと思うんだけど、どうします?」
おじちゃんの方を見ると、おじちゃんはうなずきました。
「今夜は、宿直室に私と一緒に泊まってもらうことにするから、とりあえず、きょこちゃんは心配しないで帰りなさい。お家の人が心配されるよ。あまり遅くなると」
「先生……」
きょこちゃんは、先生の目をじっと見ました。
「ン?」
やさしい眼差しで、こちらを見てくれています。
「大丈夫ね?」
「ああ、大丈夫だ」と先生。
「おじちゃん!」
「はいっ!」
「大丈夫ね?」
「うん、大丈夫だよ」
きょこちゃんは、とっても安心な気がしてきました。先生とおじちゃんの目の中に、大丈夫を読み取ったのです。
「じゃぁきょこちゃん帰ります。あっ、でも、おじちゃんのごはんは?」
「大丈夫、大丈夫、先生がついているから……さっ、心配しないで帰りなさい」
「ハイッ!」
その後、宿直室で先生とおじちゃんは語り合いました。あとで知ったその内容は、こうです。
――― 絵描きだったおじちゃんは、実は大学の美術の先生でした。戦争中、みんなが戦争に行きたくなるような絵を描くように軍から命令されたのですが、命を落とす人がたくさん出る戦争には反対だったので、軍の手先のようなことはできないと、逃げて隠れていました。
そのうちに空襲で家も何もかも焼けてしまい、親戚や家族の消息も分からなくなってしまいました。隠れて暮らしていたので身分を証明するものが全くなく、何より逃げていたことについて、とても悪いことをしたと思い込んでいました。
ですから自分は世の中に出ることをしないで、戦争で亡くなった人たちの供養をしながら、人の裏で生涯生きていこうと思っていました ―――。
おじちゃんは3日間宿直室にお泊まりして、おじちゃんのお母さんだけは生き延びて三重県で暮らしていることが分かったので、そちらへ行くことになりました(先生の手配で見つけてくださったのです)。
さよならおじちゃん、こんにちはネコちゃん
お別れの日、おじちゃんは小さな箱をきょこちゃんに託しました。そこには、小さなシマトラの猫と黒猫が入っていました。
「きょこちゃん、いろいろありがとう! きょこちゃんに飼ってもらえ?て、おじちゃんはとっても幸せだったよ。きょこちゃんに飼ってもらったこと、きっと生きている限り忘れないよ。この子猫たち、今朝広場に捨てられていたんだ。ようやくよちよち歩き始めたところだから、このまま置いておくと死んじゃうと思うんだ! おじちゃんが連れていきたいけど、汽車で連れていったらやっぱり死んじゃいそうで……。きょこちゃんなら世話してくれるよね?」
「うん、飼ってたおじちゃんがいなくなったら、また飼うものがなくなるもの……。大事に飼うわ」
その後きょこちゃんは、おじちゃんと2度と会うことはできませんでした。なぜなら、三重へ帰ってお母さんと会い、しばらくしてお母さんが、その少しあとにおじちゃんも亡くなったからです。でも、もちろんそのことはきょこちゃんには伝えられず教務の先生だけしか知りませんでした。
シマトラの猫はタイガー、黒猫はケニアという名前を付けました。その頃きょこちゃんがおじちゃんの紙芝居から興味を持って熱中していた "少年ケニア" からとったのです。
そしてこの子猫たちは広場に土管がなかったので家に連れて帰り、暫(しばら)くは誰にも気付かれず押入れで飼っていました。
そしてこの猫たちはやがて大きなお役目を果たすのですが、その話は、また。
(おわり)