みんな空き地で飼ってます
一家が世田谷から下町の江東区へ引っ越し、きょこちゃんが転校をして2年生になってから1週間が過ぎました。早くも下町の学校生活に慣れ楽しい毎日でしたが、1つだけ不満がありました。
きょこちゃんたちのクラスでは、学校の横手にある空き地で猫や犬を飼うのが流行っていました。――― 大小の土管がいくつも置きっ放しになっている広場に猫や犬を捨てていく人がたくさんいて、首尾よく生き延びればどこかへ旅立っていくのですが、生まれたての子猫や子犬は人間がエサを与えないと死んでしまいます。――― それらを動物好きな人が見つけ土管で飼っていたのです。
1匹2匹なら家で飼ってもらえても、大多数は広場に置いておく他なかったからです。きょこちゃんのクラスの友達は自分の子猫や子犬の首にリボンをつけ、保健所の人に見つかっても処分されないように名前を書き込んで飼っていました。
みんなはお昼休みになると食べ残しの給食を持って広場に急ぎます。動物たちに食べ物をあげるためです。でも……、転校生のきょこちゃんが飼える動物はいませんでした。なぜなら、次に捨て猫や捨て犬があったとしても、誰が飼うか既に順番が決まっていたからです。(あーあ、順番待ってたらおばあさんになっちゃう!!)若いきょこちゃんにとっては2~3ヶ月という月日がとっても長く感じられるので、そんな風にため息まじりで諦めていました。
みんなが動物たちの世話をしているのを、小さな土管に腰掛けて羨ましそうに眺めていたある日、目の前に画用紙が差し出されました。そこには鉛筆画で小さな土管に座ったきょこちゃんが、悲しそうなお顔で三つ編みのお下げ髪をいじっている姿が巧みに描かれていました。
土管ホテルのおじちゃん
「わっ!! 驚いた。これ、きょこちゃん?」
「ここ、いいかな?」
小さな土管の隣に座ってきたのは、よく陽に焼けたお顔と真っ白い歯をした、お父さんぐらいの年に見えるおじちゃんでした。
「さてさて、どおしましたか? お嬢さん。ここのところ毎日見ていたのです。なぜって、小さな子供はみんな無邪気に遊んでいるのに、君はいつもここに座ってみんなを見ているから……何か心配事でもあるのかなって思って……」
「えーとね、おじちゃんは、『だあれもいないと思っていたら、どこかでどこかでエンジェルが〜』のエンジェル? 大人のエンジェル?」
「え? おじちゃんがかい? それはちょっと違うなァ…。がっかりさせて悪いけど……おじちゃんは宿無しボヘミアンだ」
「宿無し? ボヘミアン?」
「そう、決まった家がない放浪者さ」
「決まった家がない? あっ! きょこちゃん知ってる。家なき子ってお話知ってるもん! 家がないならどこに暮らしているの?」
「今はその大きな土管が僕のホテルなんだ」
おじちゃんは1番大きな土管を指差しました。
「おじちゃん、土管ホテルでいつも何しているの?」
「絵を描いているのさ、今は紙芝居用のさし絵を描いているんだよ」
「お風呂は?」
「お金がある時は銭湯に行っているよ」
どおりでこざっぱりしている様子です。家なき子ってもっと汚いと思っていたのに、少しホッとしてきょこちゃんは質問を続けました。
「お食事は?」
「運が良けりゃ食べるさ」
おじちゃんは、なんだか愉快なジョークでも言っているように朗らかに答えます。
「お母さんはいないの?」
「お母さんか……」
おじちゃんは遠くを見る目つきになりました。
「お母さんは、きっと戦争中に死んじゃったんじゃないかな」
「えっ? お母さん死んじゃったの?」
きょこちゃんは急におじちゃんが、かわいそうになりました。たとえ自分のお父さんぐらいの年の人だって、お母さんが死んじゃって土管ホテルに暮らしているなんて、まるで捨て猫や捨て犬のようだと思いました。
「おじちゃん、ホントはね、きょこちゃん、きょこちゃん家(ち)におじちゃんを連れていって暮らしてもらいたいんだけど……」
その時チャイムが鳴りました。次のチャイムが鳴ると午後の授業が始まります。
「もう戻らなくちゃ、でもおじちゃん、明日もここのホテルにお泊まりしてる? ホント? そうなら、また明日来てお話の続きするわね」
きょこちゃんは、そう約束をして教室に戻っていきました。
(続く)