よっちゃんとのお約束

おじちゃんは次の駅で降りてお別れになりました。窓から手を振ると、おじちゃんも手を振りながら暫くのあいだ汽車と一緒にホームを駆けて来ました。

「元気でねぇーきょこちゃん。よっちゃんを大事にねぇ」

「おじちゃーん! お父さんと赤ちゃん探してねぇー」

汽車はスピードを増し、おじちゃんも駅もすぐに見えなくなりました。

「ふうっー」

「お姉ちゃん、よっちゃんねー・・・・・・」

「なあに? トイレ?」

「ううん、ちがう、よっちゃんねー、ローカ見てくるぅ」

「ローカ?」

「うん」

「じゃぁ一緒に行ってあげる。よっちゃん1人じゃあぶないから」

「うん」

廊下(通路)に出ると他の車両との継ぎ目のところが少しグニャラッと動きます。

「わぁーい!!」

「よっちゃん、あそこに乗っちゃダメよ、あぶないからね」

「うん」

その時向こうから人影が・・・。お弁当屋さんです。よっちゃんが欲しがったら困ります。

「よっちゃん、トイレ入ろう」

「やん、よっちゃん、トイレない」

よっちゃんとトイレに入ってお弁当屋さんをやり過ごそうと思ったのです。

「ねぇ、よっちゃん、おいしいおにぎりをお母ちゃんが作ってくれたでしょ? そろそろ食べましょ」

「うん」

きょこちゃんはよっちゃんの手を急いで引っぱって席に戻りました。(はやく、はやく、おにぎりを食べさせよう! おにぎりを1口でも食べれば食の細いよっちゃんはお弁当を欲しがらない筈!)と考えついたのです。

何とかお弁当屋さんがまわってくる前に、おにぎりをよっちゃんの手に持たせることができましたが、よっちゃんがおにぎりのどこから食べようかナ、とおにぎりをながめているうちに、

「えーっ 弁当―― 弁当―― えー弁当――」声が聞こえてしまいました。

「あっ! お弁当! だって! お姉ちゃん! お弁当買ってぇ!」

「よっちゃん、おにぎりあるじゃない」

「やだっ! お姉ちゃんにあげる。よっちゃん、お弁当がいいもん」

「だめなの、お姉ちゃんだっておにぎりあるもの。せっかくお母ちゃんが作ってくれたでしょ。おいしいのよ。さぁ、食べましょう」

「やあだぁ! よっちゃん、お弁当食べたーい」

「ダメだってば、お弁当はお金がなくちゃ買えないのよ」

「じゃぁ、お金ちょうだい」

「ううん、お金もってないのよ。お姉ちゃんは・・・・・・おねえちゃんはこどもですもの」

「じゃぁ、お弁当もらって。ねぇ、お姉ちゃん」

「ダメだったらダメ! さぁちゃんとおにぎり食べて!」

「やん! お弁当屋さーん、お弁当ください」

「はい! お嬢ちゃん、お弁当いくつあげますか?」

「はい! 1つちょうだい」

「はい、1つね」

「あっ、あっ、あのね、ごめんなさい、お弁当屋さん。お弁当買えないの、だから渡さないで」

「へっ?」

お弁当屋さんは取り出しかけたお弁当を持つ手を止めました。

「おべんと! おべんと! うれしいな! 元気に食べましょ!」

お弁当の歌を歌い始めてお弁当を受け取ろうとしていたよっちゃんは、きょこちゃんの言う言葉に

「やぁだ! やぁだ! お弁当!」と今にも泣き出しそうです。

その時、「お弁当1つ、はい、お金」と言ってお弁当屋さんからお弁当を受け取ると、泣き出す直前のよっちゃんのお膝に「はいっ!」とお弁当をのせてくる人が現れました。

「わあーい! お弁当! お弁当!」

「あっ、車掌さん!」さっきの切符の車掌さんでした。

「お姉ちゃんは大変だねぇ、よっちゃん、お弁当と君のおにぎり代えっこだよ、いいかい?」

「うん、よっちゃんのおにぎりと、代えっこ」

「はいよ、ありがとう! お姉ちゃん、あんまり気をもまないようにね。早く年とっちゃうよ、心配ばかりしてるとね。じゃぁ気をつけてね」

「はい、ありがとう! 車掌さん」

車掌さんは敬礼の代わりにきょこちゃんの肩をぽんぽんと叩いて、よっちゃんのおにぎりをもらっていきました。

「よっちゃんダメじゃない、お姉ちゃんがお弁当ダメだって言ったのに」

「だって・・・・・・お姉ちゃん、あとでねって、お約束したんだもん」

「あーっ! そっか!! しょうがないわね」

よっちゃんは目をまん丸くして開けたお弁当に暫く見とれてから「いただきまーす」嬉しそうに食べ始めました。

そのお顔を見て「ほっ」としながらきょこちゃんも自分のおにぎりを食べ始めるのでした。そして食べ終わる頃には、親戚のお姉ちゃんが迎えに来てくれている高崎駅に着くことでしょう。

 

(おわり)