おじちゃんの遠い記憶のはなし
「さぁ、溶けないうちに君も食べなさい。そのかわり僕の話を聞いてくれるかい?」
きょこちゃんが躊躇しそうなのを見てとると、おじちゃんは言葉をついですぐに始めました。
きょこちゃんは座り直してアイスクリームをひとさじ口に入れました。
「わぁっ!! おいしぃ!!」
甘くて冷たいバニラアイスクリームはなんて美味しいのでしょう!!
「どうぞお話を聞かせてくださいナ」
きょこちゃんは座り直しました。
「おじちゃんにはね、まだ小学生の頃妹が2人いたんだ。ちょうど君たちぐらいのね。偶然とはいえ妹2人とよく似た2人が僕の前の席に座った時はびっくりしてねぇ。つらい思い出が・・・・・・思い出がね・・・・・・思い出されてしまったんだ・・・・・・。僕は戦争前、満州というところに家族と暮らしていたんだ。妹たちはそっちで生まれたから現地の子供達と仲良しでね。いつも一緒に遊んでた。ところが戦争が起きて敵と味方に分かれたから、家も財産もみんな捨てて逃げ出さなきゃ、命が危なくなってね。生まれたばかりの弟を中国の人に預けて母と僕と妹2人で昼間は山に隠れて、夜はずっと川沿いに歩いて海に出ようとしていたんだ。食べるものもなくてお腹が空いて、下の妹は僕が掘ってきた木の根っこをしゃぶって・・・・・・。ある日雨にうたれた後に熱が出て・・・・・・冷たいものを欲しがったけれど、何もあげることができないうちに・・・・・・朝起きたら冷たくなってた。よく笑うやんちゃな可愛い妹だったのに・・・・・・冷たくて動かなくなって・・・・・・。山の中に穴を掘って埋めたんだ・・・・・・僕が・・・・・・。
それから順に上の妹、母、と同じように亡くなって、同じように僕が1人で・・・埋めた・・・・・・。僕は骨と皮ばかりになっていたけど、どうにか海に出ることができて、船に乗って日本に帰ることができたんだ・・・・・・」
おじちゃんの遠くを見るような目に涙がふくれ上がり、持っていた本の上にポタポタ落ちていました。よっちゃんは食べかけのアイスクリームのカップを持ったままきょこちゃんに寄り掛かって眠っています。
きょこちゃんはよっちゃんを起こさないように気をつけながらカップとスプーンをとりました。そんな風によっちゃんの世話をしている自分を意識した途端、きょこちゃんの目にも涙が込み上げてきて止まらなくなってしまいました。
「うっうっうっうっうわぁーん!」
「あっ、ごめん、ごめん、いやな話聞かせちゃったね」
おじちゃんがきょこちゃんの泣き声で思い出の中から現実世界に戻って慌てて謝りました。
「ううん、ううん、ちがうの。うっくっく・・・・・・」
きょこちゃんは泣き声を飲み込もうと頑張りながら
「妹さんやお母さんにアイスクリーム、食べさせてあげたかったのに・・・・・・。うっく!うっく! よっちゃんときょこちゃんが食べられて・・・・・・おじちゃんの妹さんとお母さんが食べられなかったなんて!! 目の前にあたしたち2人が座ったから、おじちゃん辛かったのに親切にしてくれて・・・・・・。うっうっうっうっうわぁーん!」
やっぱり泣いてしまいました。
おじちゃんは涙をふき笑顔に戻って話し出しました。
「あのねぇ、おじちゃんはね、2人の妹や母にしてあげたかったのにしてあげられなかったことを、今君たちのお陰でできたんだよ。だからすごく満足してるんだ。おじちゃんはね、きょこちゃんとよっちゃんにアイスクリームを買ったんじゃなくて、2人の妹に買ったんだよ」
きょこちゃんとよっちゃんの姿を見ながら、おじちゃんは2人の妹たちが嬉しそうにアイスクリームを食べているように感じていたのです。
「だから、ありがとう、今まであまり苦しくて誰にも話したことのない話も聞いてくれたしね」
そして急に元気な声になって自分自身に言って聞かせるように話しました。
「そうだ!! そうだよっ!! 妹たちにしてやりたかったことを、人にしてあげたらいいんだっ!! 妹たちだと思ってやったらいいんだ!!」
おじちゃんは自分の持っていた悩み事が急に消えて行くように感じているようでした。
きょうだいって、いいもんだ
「おじちゃん、お父さんと赤ちゃんはどうなったの?」
「それがね、いろいろ調べたんだけど分からないんだ」
「じゃぁ亡くなったんじゃないのね?」
「それも分からない・・・・・・」
「じゃぁ、じゃぁ、探して・・・・・・ねっ、お願い。もっともっと探して・・・・・・。だってきっとまた会えるの、待ってるから」
「うん、うん、そうだね。諦めないで、また探してみよう。そうだね、本当にそうだった。諦めないで・・・・・・。うんっ! そうだ! 探してみるよ! 諦めないで! ぜったいに諦めないで!! 探すよ!!」
「きっときっと会えるわよ。今日、きょこちゃんに会ったみたいに」
「うん、うん、そうだね」
「ねぇ、おじちゃん、きょこちゃん大人になったら働いて、おじちゃんに買ってもらった切符のお金返したいの・・・・・・」
「はっ? なんだそのことならね・・・・・・姿は見えないけれど、おじちゃんは妹の切符を買ったんだ。そう思うよ。だからそれを使ってくれてよかったんだよ。うん、それでよかったんだ」
「ふーん、ありがとう! おじちゃん」
「きょうだいって、いいもんだ。きょこちゃん、よっちゃんとずーーっと仲良くね」
「ハイッ!」
ゴトゴトゴト シュッシュッ 汽車は田舎を目指して走り続けています。
(続く)