きょこちゃんは1年生

炭坑節を合格できたきょこちゃんは学校へ行くことにしました。おじいさんの姿は見えなくなっても、お約束は消えていないと感じたのです。 ピカピカのランドセルをしょって、赤いネクタイのセーラー服を着て、今日から1年生。 歯はまだ生えていませんが、“歯っかけばあさん”とからかった八郎おじちゃんは、お小遣 いをはたいて銀座ワシントンで赤いリボンつきのシャレた革靴を買ってきてくれました。

家の裏木戸を開けると学校の正門が見えます。いつも遊んだり、レンゲ草を摘んでいた原っぱを真っ直ぐに行けば「どんぐりころころ」を3番まで歌い終わりきる頃には着けそうな距離です。

けれども、そんなに近いのにきょこちゃんは「学校へ行かない」と決めていたので入学式の時まで学校には1度も入ったことがありませんでした。初めての学校、初めて同じ年の子供達と対面。 きょこちゃんは、こぉんなにたくさんの1年生が世界にいたなんて・・・と、びっくりしてしまいました。そして、きょこちゃんがほっとしたことがありました。

「さぁ、1年生はこっちに集まってお写真を撮りましょう」

と言われた時、お母さんから離れられずに、ウァーンと泣いた子が何人もいたことです。

もちろん、きょこちゃんはお姉さんですもの、泣きませんでしたが、お母さんと付き添いで来てくれていたよっちゃんは、「お姉ちゃんと―――」と言って、泣いている1年生につられてベソをかきました。

「さぁ、みなさん、笑ってねぇ。ここを見てくださーい」

―――と写真屋さんが声をかけました。でも、きょこちゃんはお顔をしかめて、しっかりお口を閉じていました。

(だって、「歯っかけ」だっていうことを、誰にも知られてはならなかったんですもの)

写真が終わるとお教室に行きました。入り口で胸につけてもらった白いハンカチとサクラの名札の子はさくら組、タンポポの名札はタンポポ組、チューリップの名札はチューリップ組と分かれました。 きょこちゃんは、さくら組。お教室の窓からきょこちゃん家(ち)の裏木戸が見えます。

校舎の1番はじっこの陽当たりのいいお教室で担任の先生が黒板に《うえくさ》と書かれました。

「今日から、君たちの担任のうえくさです。1年間、一緒に勉強をしましょうね。先生が年とっておじいさんなんでみんなはがっかりしたかナ? 若い女の先生のはずだったんだけど、急に赤ちゃんを授かったので、お辞めになったのです。先生はみんなと一緒にお勉強できるのがとってもうれしくて楽しみにしていました。ですから、おじいさん先生でもみんなが我慢してくれたら、きっと愉快に過ごせると思います。それでは、一緒のクラスになったさくら組の子同士、お顔を覚えられるように、横やうしろや、前のお友達とコンニチワをしましょう」

「コンニチワ!」

「コンニチワ!」

きょこちゃんがうれしくなったことに、さくら組にはしゃべったり笑ったりすると、「歯っかけ」が見える子が何人もいました。

(わぁっ!! よかった!!)

教室に入れないので外のテラスから教室内を見ていたお母さんも、同じようにうれしくなっていました。1年生の中に入っているきょこちゃんが、とり立てて他の子と変わっているように見えなかったからです。

よっちゃんに妹が

学校に行き始めて2ヶ月、何事もなく無事に過ぎました。6月にお母さんは3人目の赤ちゃんを産んでくれました。 きょこちゃんが学校から帰ると、よっちゃんが飛びついてきました。もうすぐ赤ちゃんが生まれると聞かされ、不安でたまらなかったのでしょう。可哀想によっちゃんは震えていました。

「ねぇ、お姉ちゃん、お母ちゃんのお腹、割れちゃうの?」

きょこちゃんが心配したことと同じことを、よっちゃんも心配しています。

「お姉ちゃんもね、よっちゃんが生まれる時そう思ったんだけど、そうじゃなかったの」

「じゃあ、どこから? どこから赤ちゃん、出てくるの?」

「それは、お口からに決まってるじゃない」

「だから、ずーっとゲーゲーだったでしょ」

「ほんとう? いたくなぁい」

「すごく痛いんですって。でも、とってもうれしいから、がまんできるって、お母さん言ってたわ」

「いゃーん! いたいのいゃーん!よっちゃん、お母ちゃんになって、赤ちゃん産むのいやーぁ」

「だいじょうぶよ。まだよっちゃん、小さいんですもの。大人になって痛いのがまんできるようになるまで、お母ちゃんにはならないから」

よっちゃんをなだめながらきょこちゃんは、たいそう自分が大きく、世の中のことをよくわかるようになったなァ、と感じました。

(この間まではよっちゃんと同じで、何も知らない小さい子だったけど、もうきょこちゃんは1年生ですもの)

オンギャーッ、オンギャーッ。

元気な産声が響きました。きょこちゃんとよっちゃんは、ギュッと手を握り合いました。

「はい、よっちゃんの妹ですよ」

助産婦さんが赤ちゃんを見せてくれました。 白い布に包まれた赤ちゃんは、まぶしそうに目をしかめていましたが、2人がのぞきこむと、ちょっとニコッとしたように見えました。

「かっわいい!!」

「わーい!! よっちゃんの妹!!」

「2人とも、今から赤ちゃんが、産湯つかうの見る?」

「はぁい!!」

「はぁい!!」

近所の人達もたくさん集まって来ましたが、今度の赤ちゃんは、女の子だったらあげるなんて言われなかったので、安心して誰にでも見せることができました。 ガーゼをまいた赤ちゃんが、そーっとお湯につかると、見る間に全身が赤くなって、誰かが「あらっ、だから赤ちゃんっていうのね」と言う通りです。

「でも、あんまり赤すぎない?」

赤ちゃんにとってお湯が熱いのではと、ちょっぴり心配になって聞くと、赤ちゃんを上手に片手でお湯に浮かしていた助産婦さんが、

「産湯でこうして赤くなる赤ちゃんは、色の白い美人さんなのよ」

とニコニコして答えてくれました。 よっちゃんは、赤ちゃんのお風呂―タライ―のそばで、大きな目をまん丸にして、ひとこともしゃべらず感心して赤ちゃんに見入っていました。

(続く)