黄色いお豆が生えている
「ねぇー、きょこちゃん、もういいよォ、もう帰ろうよォ」
「もうちょこっと、もうちょこっと集めたいの」
「もうちょこっと、ばっかりじゃないか。もう、暗くなっちゃうよォ。暗くなると、人さらいが出るんだぞォ」
「おばかさんねぇ、人さらいが来たって、さらわれなければ、いいんじゃない。それより、 ボクちゃん、どの位集めたの?」
「もうっ、ポケットにいっぱいだから、こんでいいよォ」
「ダメッ!! きょこちゃん家(ち)は、お母ちゃんのおなかに赤ちゃんがいるんだから・・・それに、お父ちゃんもお豆、だーい好きなんですもん。もっと集めるのっ!!」
お隣の阿部ボクちゃんときょこちゃんがその豆を見つけたのは、まったくの偶然でした。
いつも遊ぶ原っぱと反対の方向に、風船が飛んで行ったのを追っかけてきて、畑に入ってしまったのです。
「わあっ!! こぉんなにお豆がどっさり!!」
木立に守られた畑の表面には、昨日の雨で洗われたのでしょう。黄色い豆がどっさり生えていました。きょこちゃんは、大喜びでエプロンを広げ、その中に豆を1粒ずつ集め始めました。 豆には小さな白い根が生えていたり、その根からまた白いヒゲのように細い糸ヒゲが生えていました。
「わぁっ!! どっさり、どっさりのお豆!! 夢みたい」
きょこちゃんはお母さんの好きなトウモロコシに似ている豆を一生懸命集めて、お母さんが喜ぶお顔をみたいと思いました。 お母さんはここのところ、よく肩で「フゥーッ」と息をついて悲しげだったからです。
「ねぇったら、どうせ子供は、お腹をこわすからダメって、豆、食べさせてもらえないんだゾォ」
「それでもいいの!! でも、どうして子供がお腹こわすもの食べても、大人は平っちゃらなのかしら?」
「そんなの知るかよっ!!」
「あらっ、ボクちゃん。いつもきょこちゃんより大っきいって、男の子だって威張ってるじゃないの。知らないなんてへんなの」
「もォっ!! 暗くなっちゃうよォ」
「はい、はい、はいっ!!」
豆ドロボー
エプロンにどっさりの豆を入れたきょこちゃんは、1人でニコニコ顏になって薄暗くなった道をゆっくり、ゆっくり歩いて帰りました。ボクちゃんのように速足で歩くと、エプロンにあふれんばかりの摘んだ豆がこぼれてしまうからです。
「たっだいまァ~」
きょこちゃんは、おかあさんの喜ぶ顔が早く見たくて、玄関からは豆がこぼれるのもかまわずに台所にかけ込みました。
「おかあちゃん!! みて!! おかあちゃんのだぁい好きなお豆、こぉんなにどっさり!!」
台所仕事の手を休めてふり返ったお母さんは、しばらくびっくりして口がきけませんでした。
「ねぇ、お母ちゃん、うれしい?」
「きょこちゃん!! このお豆どうしたの?」
「阿部ボクちゃんと摘んできたの。ボクちゃんたらね・・・」
「ねぇ、どこで摘んできたの? まあ、どうしましょう?!!」
「あのね・・・いつもの原っぱと反対の・・・」
「えぇっ!! あそこは、あそこは・・・」
何だかお母さんは喜んでいないみたいです。 そこへ、
「ただいまー」
八郎おじちゃんが帰ってきました。八郎おじちゃんは、お母さんの弟です。昼間はお父さんの大工仕事を手伝い、夜は大学に行っています。
「おっ!! きょこセンセイ、またまた何かやらかしたナァ」
一目で何事か感じたらしいおじちゃんは、ニヤニヤして言いました。
「きょこセンセイ!! 毎日、楽しくっていいねぇ」
八郎おじちゃんは上機嫌の時きょこちゃんのこと、きょこセンセイなんて呼ぶのです。
「八っちゃん、笑い事じゃないわよ。どうやら倉田さんの畑から取って来ちゃったらしいの。 倉田さん、そりゃあ、厳しい方でしょ・・・」
「謝りに行くのかい?」
「そうねぇ・・・」
2人の話の成り行きに、きょこちゃんはニコニコが消えて少し不安を感じ始めていました。
「ねぇ、倉田さんてなあに?」
「おい、おい、きょこちゃん。その種、植えてあったんだろ。引っこぬいたら、だめだったんだよ」
「その種じゃないもん。お豆なんですもん。おじちゃんだって、好きじゃない!!」
「それは、トウモロコシの種だよ。豆じゃなくて、種。育てばトウモロコシになるけどね。 ほらっ、見ろよ。根が生えてるだろ。せっかくトウモロコシ植えたのに、目が出る前に摘まれちゃったら、きっと怒るだろうなぁ。倉田さん、種を盗まれたと思ってさ」
「八っちゃん、人ぎきの悪いこと言わないで、知らなかったんですもの」
「知らずにしたって、やったことには違いないじゃないか。ドロボーだと思われる前に・・・」
「ドロボーォ?!!」
きょこちゃんは、絵本の「フルヤのモリ」に出てくる、ほっかむりをした口のまわりが真っ黒の抜き足、差し足をしているドロボーの姿を思い浮かべました。
「きょこちゃん、ドロボーじゃないもん!!」
思わず、豆でいっぱいのエプロンを持つ手をはなしてしまいました。 ザーッ、パラパラ、パラパラ。驚くほど、どっさりの根がついた豆がきょこちゃんの足元に 飛び散りました。
「うっ、うっ、うっ、うわ~ん!!」
入っていた豆が全部落ちたので、土で真っ黒に汚れたエプロンが見えました。お洋服もくつ下も土だらけです。
「さぁ、きょこちゃん、倉田さんの所に謝りに行かなくっちゃ。八っちゃん、そこのザルにこの豆―――種を集めてちょうだい」
お母さんが、倉田さんに謝りに行くのに持って行くおみやげ(白砂糖の袋)を包んでいる間、八郎おじちゃんはトウモロコシの種をザルに集めながら、きょこちゃんをからかいました。
「倉田のおじいさん、大っきな口をしてるだろう? 悪い子を頭からムシャムシャ、かじるってよ」
「きょこちゃん、悪い子じゃないから、平気だもん!!」
「そうだよなっ。きょこちゃん、悪い子じゃないね、確かに。でも、相当いたずらっ児だよな。ただ、わる気はないんだよな・・・」
ザルに豆を集めたおじちゃんは、独り言のようにじゃべりながら、床をお掃除しています。
「お待ちどうさま。さぁ行きましょう」
「きょこちゃん、お待ちどうさまじゃないの・・・あのね、おかあちゃん、きょこちゃん、きれいなエプロンにお着替えしなくちゃ、お出かけできないでしょ?」
「そう・・・ねぇ・・・」
「いやいや、姉さん。怒って来ないうちに、そのまま行った方がいいんじゃない」
「そう・・・ね、そうしましょ。さっ、きょこちゃん、行きましょ。八っちゃん、あと、お願いね」
「万事了解!! それっ!! きょこセンセイ、元気出して行ってこいよ!!」
おじちゃんは、きょこちゃんの鼻をキュッとつまんでから、クルッと玄関の方に肩を回させ、ポンッとおしりを軽く叩きました。結局、おじちゃんは、きょこちゃんのことが面白くてたまらないのです。
(続く)