おじさんとおじいさんの堪忍袋が・・・

「この子ん家(ち)は貧乏してるんだろうよ。旦那がえれぇお人よしで騙されてばっかりいるんだよ。きっと、東京へ出ていって出世する人もいるけど、この子の親は失敗者なんだろっ!! 持ってきた物もろくなもんじゃないっ! ふんっ!」

寝ているはずのおばあさんが、いつの間にか来て口をはさみました。一瞬いやーな空気になってみんなの笑顔が引っ込んでしまいました。

「おばあさん、子供の前で親のことをとやかく言うのは止めてくださいよ。今の状態で決めつけるのはよくありませんよ。しかもこんな素直な良い子に育っているんだから、親としては成功者だと言えると思うよ。知り合いのいない都会で働いているだけでも、何か手伝ってやりたいと思ってこの子を呼んだけど、この子が来てからみんな今までよりずっと張り合いがあって、楽しく暮らせているじゃないか。なぁ、きょこちゃん」

おじさんは別に声を荒げることもなく静かに話したのですが、おばあさんは、

「何だと? 親に向かってそんなセリフをよくも言えたもんだっ!! 人を怒鳴りつけて何だと思ってるっ!!」

と、怒り出してしまいました。

すると・・・・・・。その時までそこにいることすら気付かなかったおじいさんが(縁側でタバコをふかしていたのですが)

「おいっ! ふでっ!(おばあさんの名前)いい加減にせんかっ! 怒鳴ってるのはおまえの方だっ!」

立ち上がっておばあさんを叱りました。きょこちゃんがおじいさんは口がきけない人だと思い込んでいたくらい、滅多なことでは口を開かない人が、おばあさんを怒ったのですから、おばあさんをはじめ全員びっくりして手に持っていたお箸を落としてしまいました。

おばさんは、今まで1度も返し口をしたことのないおじさんの言葉で、既にお箸を落としていましたが・・・・・・。

「やれっ! こんな子供のご機嫌がそんなに大事なのかぇ? もういやだっ! 愛想が尽きた!! あたしゃ実家に帰るよっ!」

「おばあさん・・・・・・。」

「ほっとけ絹、実家でもどこでも帰(け)ぇれるものなら、もう帰ぇってくるなっ!」

「なにおっ!! あたしゃ、先妻を亡くして途方に暮れていた2歳の正男がいるお前さんと一緒になってやったんだっ! かわいそうだと思ってよっ! あん時仲人が何て言った! お前さんの母親は何て言った! 一生大切にします。そう言った筈だっ!」

「仲人も母親も亡くなって何年になる? 母親は最後の最後までお前の悪いことは言わなんだぞ!! 嫁さま嫁さまと立てて大事にしてたぞっ!! なのにお前はどうだっ!! 1人働かせた母親が亡くなったら今度は絹をばいじめるは! こきつかうは! 自分は何もせんと三度三度白い飯が食えるのは誰のお陰だっ!」

「おじいさん、もう止めてください・・・・・・私は何も思っていませんから・・・・・・」

「いいや絹、1度は言っておかないとわしは死んでも死にきれん・・・・・・と思ってなぁ。亡くなった母(かあ)様にも悪いと思ってなぁ・・・・・・わしが全部悪いんだ! 後添えになってくれたふでを甘やかし過ぎた。わしは・・・・・・わしは・・・・・・。正男に悪いことをした・・・・・・。みんなに悪いことをした・・・・・・」

「ふんっ! 何だい何だい!」

おばあさんの口ぶりは変わりませんでしたが、少し勢いを無くしてお部屋に戻って行きました。

「おじいさん、ごめんなさい・・・・・・」

「なぁに!! きょこちゃんのせいじゃない!! 少しも悪くないんだよ! わしは情け無いんだ!・・・・・・」

「とにかくびっくりしましたよ。おとっちゃん(おじさんのこと)、おじいさんがおばあさんに物申すなんて初めてのことですから・・・・・・。でもおじいさんは気付いていてくれたんですね。それだけで私はもう充分」

とおばさんが目をうるませました。

「きょこちゃんが来てくれたお陰だよ」

と、おじさんはきょこちゃんを抱き寄せて頭をなでてくれました。

きょこちゃんは全部のことは理解できませんでしたが、家族みんなが何かとても感激していると感じていました。

翌日おばあさんはハイヤーを呼んで実家に帰って行きました。

「おとっちゃん! 止めなくていいのかい?」

「ずーっと、行ったっきりだっていいけど、そんな運のいいこと起こりっこないだろうよ。なぁに、ほっとけば2~3日で帰ってくるさ。絶対に迎えに行くなよっ!!」

心配げなおばさんに比べておじさんは上機嫌で言いました。おばあさんが出て行ったので、みんなはちょっとばかり気が抜けてしまいました。おばあさんに文句を言われないように暮らす癖がついていたからです。

きょこちゃんもそんな感じが伝染していたのでしょう。いつもならお昼後には、裏の畑にうち捨ててある小さなジャガイモをほって遊んだりしていたのですが、少々飽きてぶらぶらとお散歩に出てしまいました。

(続く)