本家に到着
ひとつひとつ停留所に停まるとお客さんは1人2人と減っていきました。お客さんは降りる時、
「いやぁ、楽しかった、ありがとさん!」
と言って、バスが見えなくなるまで手を振ってくれました。
「あら、わたし、バスに酔ってないわ」
気がついて加代子お姉ちゃんも嬉しそうです。
「ノノウエー、次はノノウエノノウエー~~」
「はい、降ります。さぁ、きょこちゃん、次降りるのよ」
ノノウエ(野の上)には、おばさんやお母さんの生まれた本家があります。ご先祖様のお墓もあるので、おばさんの家に行く前に本家へご挨拶に寄る事になっていました。
野の上というだけあって、急な坂道を30分くらい歩かなくてはなりません。リュックやお土産のダルマ弁当をバス停前のよろず屋さんに預かってもらいました。
「帰りにアイスキャンディを買いましょうね」
お姉ちゃんが嬉しいお約束をしてくれたので元気よく登って本家まで辿り着くことができました。
大きな暗い本家の土間に入っていくと外の暑さはウソのようにヒンヤリと涼しく、黒光りするかまちに腰掛けると、ほぉーっとしました。
「ちょっと待っててね、おじさんたち裏にいると思うから探してくるね」
「ハイッ!」
きょこちゃんは暗さに目が慣れてくると興味深く見回しました。
(おばさんやお母ちゃんが赤ちゃんだった時、ここで泣いたり笑ったりしていたんだわ! どんな子供だったのかしら? よっちゃんみたいだったのかしら?)
お母さんとよっちゃんはとてもよく似ていると人から言われていました。お母さんとおばさんはそっくりなので、きっと2人ともよっちゃんに似ていたに違いないと考えました。
(よっちゃん、どうしているかしら? もうお熱出なくなったかしら?)
まだ家を離れて8時間しか経っていないのに、きょこちゃんはよっちゃんのことを思い出すと、お喉にちょっとかたまりがこみ上げてきてしまいます。
「お~やおや、きょこちゃんよく来たねぇ。はぁまことに東京の子は、はしっこいねぇ。(はしっこい=勢いがあって賢いこと)」
本家のおばさんが手ぬぐいで汗をぬぐいながら入ってきたので、きょこちゃんは喉のかたまりをゴックンとすることができました。
「おじさんは遠い畑に行っているので暗くならないと帰ってこないけど・・・・・・。どぉれ、ゆっくりしていくでしょう?」
おばさんは姉さんかぶりをとってパンパンとズボンのひざをはたいて、板の間に上がってきちんと囲炉裏端に座りました。加代子お姉ちゃんもその後に続き、きょこちゃんも続いて囲炉裏端にきちんと座りました。
「ご無沙汰ばかりで申し訳ありません、と父母が申しておりました」
加代子お姉ちゃんがご挨拶をしました。きょこちゃんもそれに倣って両手をついて丁寧にお辞儀をしました。
「こんにちは」
「まぁまぁ、えらいよぉ。ほんとに、えらいねぇ」
きょこちゃんはあまり褒められたので、少々くすぐったいような気持ちになりました。
本家にはお母ちゃんやおばさんの兄弟のおじさんと、総家からお嫁に来たおばさんと(おばさんの名前は「ゆき」と言うのですが、灰のように色が黒いのにどおして“ゆき”という名前なの? と、きょこちゃんが2歳のときに聞いたことがありました)6人のいとこ(女子1人、男子5人)がいました。
上の2人はそれぞれ東京に働きにいっていて、女の子は遠くの看護学校に行っています。あとは中学生1人、小学生2人の男の子がいるだけです。
たとえ色が黒くても愉快なお顔のおばさんは、心のとても広い人できょこちゃんは大好きでしたがお姉ちゃんのいるおばさんの家の方が楽しく思えて、どうしても本家に泊まりたくありませんでしたから、あんまり褒められて、ゆっくりして泊まっていく事になったら大変と、お姉ちゃんの方を見ました。
お姉ちゃんはすぐに気付き、本家のおばさんが
「麦茶を持ってくるからね」と立ち上がった時、
「おばさん、お墓参りしてから暗くならないうちに帰りますので、どうかお構いなくしてください」と言いました。
「あらあら、急ぐのかい? きょこちゃんは? きょこちゃんは泊まっていくだろう?」
「いいえ、いいえ、だめなの。だって・・・・・・だって・・・・・・お荷物を下にあずけてあるんですもの」
「それなら後でとりに行かせるよ。子供らの誰かに」
「ううんとね、きょこちゃん、六車(ムクルマ)のおばさん家(ち)にお泊りにいくってお家を出たんですもん、寄り道してお泊りできないの」
「ああ、そんなことかい? そんなら大丈夫、ここはあんたのお母さんの生まれた家だもの。お母さんだって寄り道したって思わないさぁ」
「あ・・・・・・ん・・・」
きょこちゃんがベソかき顔になりかかったのを見て、加代子お姉ちゃんが助け舟を出してくれました。
「とにかく、お墓にお参りをしてきます」
「そうかい、そうかい、それがいいね。じゃぁ線香を出してあげよう」
(続く)