おばさんからのお便り

早くに産みのお母さんを亡くしたきょこちゃんのお母さんには、田舎にお嫁に行った年の離れているお姉さんがいました。きょこちゃんのおばさんです。

 おばさんはお母さんととてもよく似ていましたから、きょこちゃんは赤ちゃんの時以来おばさんが大好きです。

 暑い夏が来る前におばさんから葉書が送られてきました。

 今年は桑の木の成長が早いなどの農家の家のお話の1番最後に

「きょこちゃん、遊びにおいで」

と書いてありました。きょこちゃんはその頃平仮名とカタカナは読めたので

「きょこちゃん( )びにおいで」

と読めました。

「ねぇねぇお母ちゃん、田舎のおばさんは(何曜)びにおいでって言っているの?」

「きょこちゃん、それはね・・・・・・」

話しかけてお母さんは寝ているよっちゃんの方を気づかって見ました。真似っこが大好きなお人形のようなパッチリとした目の可愛いよっちゃんは、はしかの後の具合があまりよくなかったのです。お医者さんからは安静にと言われていましたが、きょこちゃんと遊びたがって熱の出る日が続いていました。

―――きょこちゃんを田舎のお姉さんに夏の間預かってもらうのがいいかもしれない。―――

お母さんはそう考えました。

「きょこちゃん、田舎へは1人でお泊りできるかしら?」

「えーっ? よっちゃんは一緒じゃないの? お母ちゃんも?」

「そうよ、よっちゃんの具合よくないでしょ。だからお母さんとよっちゃんはお留守番しなくちゃいけないの」

「うーん」と、きょこちゃんは困ってしまいました。

まだ1人で田舎にお泊りしたことがなかったのです。

「きょこちゃんはもうお姉ちゃんだからできるわよね? そうしてくれるとお母さんもとっても助かるの。よっちゃんのお世話がしっかりできるでしょ?」

「あ~ん、よっちゃんのお世話ならきょこちゃんができるぅ!!」

「・・・・・・そうなんだけどね・・・・・・よっちゃんはお姉ちゃんのこととっても大好きだから、おねえちゃんの真似ばっかりするでしょ。元気なお姉ちゃんの真似っこで遊ぶからお熱が出ちゃうのよ。お熱が続くと何も食べられないから困るでしょ?」

きょこちゃんはよっちゃんと離れることを考えると、目の中がチクチクしてきました。が、(おかあちゃんの言うとおり、よっちゃん、夜になるとずっとお熱が出てグッタリしちゃうものね)そう思ってよっちゃんの方を見ました。この間まで丸々として重くて抱き上げられなかったよっちゃんは、やせて青白くなり、とっても儚げに感じられます。(そうっ!! なら決める!!)

「お母ちゃん、きょこちゃん、田舎のおばさん家(ち)に行く。1人でお泊りできるから。もうお姉ちゃんですもん」

「そう? じゃ、おばさんに電話して知らせておくわね」

ひとりで出発!

それから3日後の朝、着替えの入ったリュックを背負い、麦茶の入った水筒・小さなおむすび2つを持って上野駅から汽車に乗りました。改札口で見送ったお母さんはお姉さんとの会話を思い出していました。

「いくらしっかりしているとは言え、学校行く前の小さな子供を1人で汽車に乗せるなんて・・・・・・」

「でもね、姉さん、上野から高崎までですもの。高崎へ誰か迎えに来てくれれば大丈夫ですよ」

「じゃぁ汽車の着く頃に、加代子を行かせよう」

加代子とは、洋裁学校をきょこちゃんの家から通って卒業し、今は地元の有線放送局にお勤めしている田舎のおばさんの長女で、きょこちゃんとは年の離れたいとこです。

(大丈夫かしら?)

改札口を通る時、ゲートの高さと頭の高さが同じ位のまだ幼い娘の姿に心が痛みました。けれども、振り返ったきょこちゃんが口を真一文字に結んでいるのを見て何だか安心しました。きょこちゃんがこの表情をしている時は何事も大丈夫なんだと、経験上お母さんは知っていましたから。

「行ってきます」

「5番線に、今、停まっている電車に乗るのよぉ」

「はーい!! 分かっています」

きょこちゃんは汽車に乗り込みました。乗車の時にお母さんの方を見て手を振りました。

「ふうぅ」

お母さんはため息を漏らすと、よっちゃんをおうちに寝かせてあるので慌てて家に帰って行きました。

一方、汽車に乗り込んだきょこちゃんは、リュックを下ろすと空いている席にきちんと座りました。窓枠についている小さなテーブルにおむすびの入っている袋を置いて水筒を手に持ちました。(こうしておけばお腹が空いたときにいつでも食べられるもの)と、ニッコリ考えました。

汽車がガタン、ッシュウーッと動き始めました。だんだんだんだんその音が早くなって、まるで合唱のようです。

ガッタン、シューッ イナカへ
ガッタン、シューッ イナカへ

と言っているように聞こえます。暫くするときょこちゃんは眠ってしまいました。夕べは興奮してあまりよく寝ていなかったのでしょう。目が覚めたのは高崎のひとつ手前の駅でしたから、4時間ほど眠っていたようです。

きょこちゃんは慌てておむすびを食べました。お母さんから高崎に行く前にお昼になるからそれまでに食べるのよ、と言われていたからです。

無事食べ終えて「ふうーっ」と、ため息をついていたら『次はタカサキ・タカサキー~~~』という車内アナウンスです。きょこちゃんはリュックを1人でよいしょと背負うと、水筒を持って出口に向かいました。

降りたところには加代子お姉ちゃんが既に待っててくれました。走り寄ってきてまるで泣き出しそうな声で、「よく来たわねぇ!!」とリュックごとギューッと抱きしめてくれました。

ここからはローカル線に2時間乗って、バスにも1時間乗って、どんどん田舎に行くのです。加代子お姉ちゃんは「ちょっと待ってね」と言って、名物のダルマ弁当を3つ買いました。

(続く)