サブちゃんの呼び出し

夏のある日、きょこちゃんが目をさますとお母さんの姿が見えません。いつもだったら、「うわーん、お母さんがいなーい」と泣くところ、今日はグッと我慢しました。

「だって、もうすぐお姉ちゃんになるんですもの・・・。」昨日、大きなおなかのお母さんから、おなかの中の赤ちゃんが、お姉ちゃんになるきょこちゃんの手に、トントンと合図するのをさわらせてもらったんです。

「おせんたくかしら?」もの干し場に来てみましたが、そこにはいませんでした。洗濯物が風でふくらんでヒラヒラしています。きっと、いつもより、ずっとおそい時間にきょこちゃんは、目をさましたのでしょう。

「あーあ」やっぱり泣きたくなってきました。と、その時声が聞こえました。

「きょこちゃん」

「えっ?」

「きょこちゃん、こっち、こっち。」作業場の横からポマード頭が手招きしています。

「あっ、サブちゃん!」サブちゃんは、シーッとお口に手を当ててます。

「なぁに?」

「今ね、川に魔法の赤い魚がいるよ。」

「えぇっ!?」きょこちゃんは、心が嬉しいドキドキに押されて聞き直しました。

「赤いお魚? 魔法の赤いお魚?」

「シィーッ!」サブちゃんは、またお口を手に当てました。“魔法の赤いお魚”は、きょこちゃんのお気に入りの絵本の1冊に出てくる女神さまのお使いです。

<きょこちゃん、お気に入りのお話し1>


赤いお魚を釣った男の子はお魚の目が悲しそうなのを見て、池に放してやりました。

すると、池の中から女神さまが現われて、

「お魚を釣った針は、これですか?」金の針を見せて聞きました。

「いいえ、私の針は鉄の針です」

「まぁ、お前はなんて正直者でしょう。ご褒美にこの金の釣り針をあげましょう」

それからというもの、女神さまが下さった金の釣り針を池にたらすと、金・銀・サンゴが釣れて、男の子はとてもお金持ちになりました。

「ほんとにほんと?!」

「本当だよ。今すぐ釣ってきてやるよ。」

「あらっだめよ、釣ってきちゃったら。逃がしてあげなきゃ、女神様出てこないじゃない。」

「じゃあ、釣って逃がしてくるよ。」

「逃がした後に女神様が出てきて、サブちゃんに『お前の釣り針はこれですか?』って、金の釣り針を見せた時、『違います、私の釣り針は鉄のです。』って言える?」

「うん、言えるよ。たださ、釣り針がさ、いるんだよね・・・・・。」

「釣り針なら、お父ちゃんのと八郎おじちゃんのがそこにどっさりあるわよ。」

きょこちゃんが作業所の中を指すと、

「ダメダメ、普通の釣り針じゃ。魔法の魚を釣るんだから、特別の針がいるんだよ。きょこちゃん、時計をたくさん持ってるだろ?あの時計をみんな持ってきてよ。箱に入ってるまま全部さ。あれだけ針があれば、どれかで魔法の赤い魚、釣れると思うんだ。」

「わぁっ!!」

「シィーッ!」

「あっ、いけない。あらでもサブちゃん、なんでシィーッなの?」

「だってさ、あれっと・・・魔法の魚のこと、誰かに知られると消えちゃうからサ。誰にも言わずに知られずに、シィーッと時計の箱、持ってこなくちゃダメなんだよ。」

 

きょこちゃんの宝箱

「あっ、そっか!!」きょこちゃんは、見つからないように持ってこなくちゃならないというスリリングな事がますます嬉しくってドキドキしてきました。

このころきょこちゃんは、ゼンマイの切れた時計を開けて中に入っている石を取り外すのに凝っていました。上手に分解して針や歯車やぜんまいや、小さなねじをきれいな箱の中にすべて並べてみせると、大人たちはびっくりしながら『小さな時計の中によくもこんなに沢山のモノが入っているもんだぁ、そんでもってまた、うまいことバラバラにするもんだぁなぁ』などと感心していました。

きょこちゃんの“時計の分解”が評判になり、動かなくなった金の時計や銀の時計、他にもいろいろな種類の時計が知り合い中からきょこちゃんにプレゼントされて集まっていたのです。

きょこちゃんは知りませんでしたが、もらった時計の中にはアンティークとして珍しいものや、金でできた高価なものも混ざっていました。全部の時計はカステラの入っていた桐箱にしまわれていて“きょこちゃんの宝箱”と言って職人さんたちが面白がっていました。というのも、家で働く人たちは大工さんだったのでみんなは道具箱を持っていましたから、道具箱に対しての宝箱だったわけです。

サブちゃんも職人さんのひとりだったので、宝箱のことを知っていましたが、どうやらサブちゃんはこの箱が欲しかったのでしょう。

魔法の赤い魚が釣れる針は普通の釣り針ではなく、おたからの針でなくちゃいけないと言い、きょこちゃんをうまく納得させ、宝箱を持ってこさせる口実にしたようです。

そんなこととは夢にも疑わず、さっきまでお母さんを探してベソをかきかけていたのをすっかり忘れて、きょこちゃんは今度は逆に、お母さんに見つからないように、ヌキアシ、サシアシ、ドロボウさん歩きで時計の入った宝箱を持ってきてサブちゃんに渡しました。

(続く)