アルミのお弁当箱
次にきょこちゃんが立ち止まったのは、金物屋さんでした。壁や棚にザルやお鍋がぎっしり並んでいます。ワゴンには、山のようにお弁当箱が積まれていました。お父さんや八郎おじちゃん達が、毎朝持っていくお弁当箱と同んなじ!!
でも、きょこちゃんが目を奪われたのは、小さな小判型、銀色のお弁当箱でした。フタには、きれいな赤いバラが描いてあります。
そして隣には、もっと小さな同じ小判型の、きれいな赤いゆりの花の描いたものが!!
『まるで、まるで、お姉ちゃんのお弁当箱と赤ちゃんのお弁当箱みたい!!』
「だんぜん!! ステキ!! ねぇ、お母ちゃん、きょこちゃんとよっちゃんに、このお弁当箱、買って!!」
「きょこちゃんは、お弁当箱使わないでしょ。お弁当箱は、お仕事に行く人が、持っていくものですからね」
「あらっ、きょこちゃんだって、お仕事に行くんですもん。毎日、お仕事しているんですもん」
「でも、よっちゃんは赤ちゃんだから、いらないじゃない」
「よっちゃんなんて、もっといるんですもん。だって、だって…」
ミルクココアをつけたマリービスケットを食べられない、よっちゃんの分を食べられる程大きくなるまで、このお弁当箱にためておいてあげようと思ったのです。
「そうじゃなきゃ、よっちゃん、可愛そうなんですもん」
「さわっちゃいけませんよ。さぁさ、もう行きましょ」
「ねぇ、いつ買ってくれるの?」
「そうねぇ、サンタさんに頼んでおきましょうね」
「でも、この間のクリスマス、サンタさんにミルク飲み人形、頼んでおいたのに…ミルク飲み人形じゃなくって、牛のお人形だったじゃない…牛のお人形なんて、だんぜんがっかりしちゃった!! サンタさん、覚えられるかしら?」
「じゃあ、お誕生日まで待ちましょうね」
「きょこちゃん、お誕生日にもこの間、しちゃったもの。よっちゃんが生まれてすぐだったから、プレゼントは妹よって言ったでしょ? ねぇ、お母ちゃぁん」
「その時、きょこちゃん、言ったこと覚えていますか? 妹が来てくれたから、もうなんにも欲しい物はないって、そう言ったでしょ?」
「うん。だけど…その時よりずーっときょこちゃん、大っきくなったんですもの。前に知らなかったもの、知っちゃうんですもん。よっちゃん、生まれた時、お弁当箱なんて知らなかったでしょ? 今、知っちゃったですもん」
「お返事は『はい』でしょ? それにお口をとがらせて、へりくつ言うの、お母さん、きらいですよ」
「う…う…ん、じゃなくて、ハイ…」
(それでもお弁当箱、ほしいなァ。せめて、よっちゃんのだけでも!!)
お父さんは棟梁
きょこちゃんのお父さんは、大工の棟梁です。職人さん達と一緒に、お家を建てるお仕事です。鳶職さん、材木屋さん、瓦屋さん、左官屋さん、ガラス屋さん、建具屋さん、畳屋さん、水道屋さん―――下職さんと呼ばれています―――。
みんなで力を合わせて、家を建てます。
棟梁の大事な仕事は、お客(建て主さん)と話し合いをしたり、図面を書いて家を建てる監督をしたり、集金したり、集金したお金を皆に分けたりです。
家の土台に柱が立った時、建て前(上棟式)というのをします。
その日は、きょこちゃんも八郎おじちゃんに連れられて「現場」に行きます。
立派な折りがでてお父さんと職人さん達、下職さん達はお酒を飲んで、歌を唄って大騒ぎをしてもいい日です。そういうお仕事の日なのです。
でも、大騒ぎが始まるときょこちゃんは折りをもらって帰ってきます。
きょこちゃんから折りを受け取ると、お母さんは1段目(お頭(かしら)付きという鯛の塩焼き、カマボコ、羊かんがぎっしり詰まって、フタが閉まらない)の折りを
「八郎ちゃん、大沢さんのお家にお届けして」と言います。大沢さんの所には、とっても年をとった、おじいさんがいます。
「きょこちゃん、この折りは、飾り物なんだよ。食べられないから、神さまに供えてもらうよう、大沢さんに持っていくんだよ」と八郎おじちゃんが言いました。
「ふざけないの、八郎ちゃん。お年寄りから順番にですからね」とお母さんが、2段目のお赤飯の折りだけ残して、ふろしきに包み直しました。
「ねぇ、どうして、お年寄りから順番になの?」
「若い人ほど、また、食べられるチャンスが巡ってくるからです」
「ふぅん、でも、飾り物で食べられないんでしょ?」
「そうね、飾り物ね。家にとっては。さぁ、お届けして」
八郎おじちゃんが、大沢さんから帰ってくると、皆でお赤飯を囲んでお食事です。いつもはお父さんと職人さん達もいるので、賑やかな食卓も今日だけは3人です。
八郎おじちゃんがお赤飯を4等分しました。
「姉さんはよっちゃんのおっぱい分で2人前だよ。あとは僕ときょこちゃんの分」
「いただきまーす」…でも、きょこちゃんは、お赤飯のお豆が好きじゃありませんでしたので、大分残してしまいました。そして忙しそうなお母さんの方をチラッとみました。
いつも、「お米は、私たちの口に入るまで、100人の手がかかるのですよ。だから粗末にしたら、目がつぶれてしまいます」と言われているからです。
でもお母さんが、きょこちゃんの残したお赤飯に目を止めるより前に、八郎おじちゃんが、ぱっときょこちゃんの分を食べてくれました。
「ほっ。ごちそうさまぁ」
「まぁ、今夜は早いのねぇ」
「うふ…」
2人は、楽しそうにお顔を見合わせました。
(続く)