きょこちゃん、女の子が一番よかったの
「赤ちゃん、女の子だったのよ」
目を覚ましたお母さんが、ちょっと元気ない声でいいました。
「お父さん、随分がっかりしたみたいねぇ。『また、女か』って言って、仕事にでかけてったわ」
きょこちゃんは、小さな赤ちゃんが一生懸命みたく、お目々をパチクリ、パチクリしているのを見ていましたが、
その言葉を聞いたとたん、何だかわからないけど、腹が立ってしまいました。
「きょこちゃん、女の子が一番よかったもん!! きょこちゃん、お姉さんになりたかったんだから、お兄ちゃんなんか、いらなかったもん。だから、男の子じゃなくて、女の子じゃなくっちゃならなかったんですからねーだ」
そして、ちょっと赤ちゃんのお顔に、自分のお顔をよせてみました。何か、とってもすてきないいにおい!!(きょこちゃんは、お姉ちゃんになったのよっ!!)
お母さんのお腹の中で、モコピョコ動いていた赤ちゃんが今、目の前にいるのです。
「ちょっと、さわってもいい?」
「そーっとね」
「うん」
赤ちゃんは、ちっちゃな、ちっちゃな手を握ったり、開いたりしています。
きょこちゃんが、赤ちゃんの開いた手に触れると、赤ちゃんは思いがけなく強い力で、ギュッと握ってくれました。
「わぁっ!! 赤ちゃん、きょこちゃんの手をギュッとしてくれたぁ」
「お姉ちゃん、よろしくねって言いたいのよ」
きょこちゃんは、うれしくなって、何回も何回も赤ちゃんと握手しました。
赤ちゃんを見せないっ!!
「ごめんください。おめでとうございます」戸口に小野さんのおばさんが来ています。
「どうぞ中へ」
「ダメェ~!!」飛び上がるように、きょこちゃんは慌てて起き上がり、赤ちゃんから離れて、戸口へかけよりました。そして…小野さんのおばさんを押し出すと、戸をしっかり閉めて、戸の前に立ちふさがりました。
「ダメェ~!! 開けちゃだめぇ~!!」
「あらっ、そんなこと言わずに、中に入れてちょうだい。赤ちゃんをちょっと見せて、赤ちゃんが生まれたお祝いを言いに来たのよ、きょこちゃん」
「ダメェ~!! ダメェ~!! ぜーったい、ダメェ~!!」
「まぁ、まぁ、どうしたっていうの、きょこちゃん。おばさん、せっかく赤ちゃんを見に来てくれたのに」
―――中から、助産婦さんが声をかけてます。
「ダメェ~ったら、ダメェ~!! 赤ちゃん、見せないっ!! ぜったい、見せないっ!!」
「どうして、見せないの?」
「だって…だって…、小野さんのおばちゃん、赤ちゃんをもらってっちゃうんだもん!! ぜーったい、あげなーい!」
女の子ならもらうから
赤ちゃんが生まれる一週間ほど前、小野さんのおばさんが来て、お父さん、お母さんと話しをしていました。
「今度は男らしい」―――とお父さん。
「そうね。きょこちゃんの時は、初めてでわからなかったけど、今度はちょっと感じが違うから、男の子かも知れませんわ」―――お母さんも言いました。
「そんなこといって、案外女の子かも知れないじゃない。女の子だったら、どおすんの?」
「女の子だったら、やるよ」
「あら、本当? 本当にくれるの?」
小野さんの家には子供がいなかったので小野さんのおばさんはいつも、きょこちゃんにも、
「ねぇ、おばさん家(ち)の子にならない? おばさん、女の子が欲しくてたまらないの」
と言っていました。だから、小野さんのおばさんは、赤ちゃんが女の子だったので、もらいに来たんだと、きょこちゃんは思い込んだのでした。
「ダメェ~ ぜったい、ダメェ~」
わんわん泣きながら戸をしっかり押さえて、きょこちゃんはプルプル震えていました。生まれたばかりの小っちゃな赤ちゃん、きょこちゃんの妹―――お姉ちゃんになったばかりのきょこちゃんは、ぜーったい妹をあげられないと今、はっきり心が決まっていたのです。
かわいいよっちゃん
赤ちゃんは、『よしえ』という名前になりました。
女の子でがっかりしていたお父さんが、赤ちゃんを可愛がってくれるように、考えたお母さんがお父さんの名前を一字もらって、つけたのです。
「世界中でいっちばん可愛い赤ちゃん!!」
きょこちゃんは、よしえちゃん―――よっちゃんが、かわいくって仕方がありませんでした。
起きている間は、片ときもよっちゃんのそばから離れません。飽きずによっちゃんのお顔を見たり、うっとり小っちゃな手にさわったり、赤ちゃんにおっかぶさるように付き添って―――1日中、飽きることがありませんでした。
(続く)