初めてのザルソバ
「さぁ、食えよっ!」
今度は、サブちゃんもすぐにザルソバのおつゆの入れ物を手に取りました。そして、なんと!そばつゆを全部ザルソバにかけてしまいました。
「あーあっ、たいへん!!」おそばの入った四角の箱はザルだったので、かけたおつゆはテーブルからサブちゃんのズボンにこぼて、あっという間にビショ濡れになってしまいました。
「おぉっ!!」と、声を上げましたが、すぐにパクさんは、
「お前、初めてザルソバ食うんだったなっ! なら、しょうがないよっ! オレだって、はじめはそうだったんだ。説明してくれなかった店員がわりいんだ。気にすんな、気にすんな!! おーい、おばちゃん。そばつゆ、もう一つ! あんまり美味いつゆなんで、ズボンが飲んじまったんだ!」みんな、アッハハハと楽しそうに笑いましたが、サブちゃんが真っ赤になってうつむいてしまいました。
「おい! 気にすんなって言ったろ! さぁ、食えよ。ズボンは後で洗ってやるから。なぁに暑い夏の日だ、すぐに乾くさ。おい、おい、どうしたんだ? すぐメソメソするなよ。」
「オレ、いっつもヘマばっか・・・・・・・」ボソッとサブちゃんが言いました。
「ばっきゃろー、ヘマなんて、誰にだってあるさ。オレなんざ、生まれてこのかた、へまばっかだ。ヘマが服着て歩ってるようなもんさ。ただな、オレは自分がエレイやつだって思うのはさ、一度したヘマは絶対繰り返さないこと。30年以上生きてきて、それだけだな、おれのいいとこはさ。
お前いくつだ? ウンウン、18か。まだまだ、これからじゃにか! ひとつやふたつや、10や20のヘマなんか気にするなよ。ただし、2度と同じヘマはしないことだ!!」パクさんは、最後のところをちょっと力んで言うと、
「ガラにもねぇこと、言わすんじゃない、ばっきゃろー、ハッハッハッ」と笑いながら、タバコに火をつけました。
サブちゃんのことづて
パクさん家に戻ってから、サブちゃんのズボンを川で洗って、干している間、きょこちゃんはソヨソヨと川風のくる涼しい陽かげで、赤いお魚がやってくるのをジッと見ていましたが、やがて眠ってしまいました。
きょこちゃんが目を覚ますと、パクさんが川を見ながら、タバコを吸っていました。夏の陽はだいぶかげってきて、川面をキラキラ輝かせています。
「あっ!! 魔法の赤いお魚は? サブちゃんは?」きょこちゃんが矢つぎ早に質問すると、
「おっ、目が覚めたか。赤い魚が遠くの国へ越してったんで、サブちゃんはきょこちゃんが悲しむだろうからって、探しながら田舎へ帰ってったよ。」
「きょこちゃんになぁんにも言わないで?」
「うん、やっこさん、きょこちゃんが大好きだから、悲しい顔、見んの辛かったんだろ。家にはこのパクさんがお連れしますよ。」パクさんがおどけておじぎをしてくれました。
きょこちゃんには言いませんでしたが、パクさんはサブちゃんを一発ぶん殴ったあと仲間からお金を借り、それを持たせて田舎へ帰していました。
夕方、冷えたスイカと時計の宝箱ときょこちゃんを乗せて、パクさんが自転車を押しての帰り道、
「きょこちゃん、サブちゃんがきょこちゃんに絶対伝えてくれって、ことづてがあんだ。」パクさんが話し出しました。
「えっ? なぁに? ことづてって?」
「サブちゃんが言ってほしいことさ。」
「ふーん・・・。」
「サブちゃんがさ、これからはきょこちゃん、お母さんに言わないで知ってる人でも知らない人でも、誰とでも、お家の外に行っちゃいけないよって、言っといてってさ。」
「知ってる人も、知らない人も?」
「そうだよ。たとえ、サブちゃんでも、オレでもお母さんに言わないで、家の外に出かけちゃなんねぇってさ。わかったかい?」
「ふーん、へんてこなの。」
「ばっきゃろー! へんてこでもなんでも、守れよっ! いいかっ!!」
「ハイッ! わかったゎ、ばきゃろ!」
「へっ!! オイオイ、ばっきゃろーなんて言葉、どこで覚えたんだ。」
「パクさんの言うのステキなんですもん。きょこちゃんもこれから言うの。」
「ダメッダメッ、チキショー!! ショーがねぇなぁ。バッキャローは、いい言葉じゃないから、使うんじゃねぇよ。」
「じゃあ、どうしてパクさんは使うの?」
「オレは大人の男だから、いいの。
「じゃあ、今にきょこちゃんも大人の男になったら使う。」
「・・・・・・・」
パクさんとおうちへ
パクさんが送ってくれて家に着くと、大勢の人たちが大騒ぎをしていました。お母さんが豚屋さんに動物ビスケットを買いに行っている間に、きょこちゃんが消えてしまったと思っていたからです。
「私がちょっと家を空けたすきに」とお母さんはずっと泣いていたようです。井戸を見たり、豚屋さんを探したり、誘拐かもしれないと言い出す人までいて、近所中の人たちがきょこちゃんを探していました。
パクさんが全部説明をしてくれました。
「そうですか。サブは今朝一番で田舎に帰れと、昨日言ってあったんで、旅費も渡してあったし、まさか・・・思いつかなかったなぁ。いやぁ、ありがとうございました。」と、お父さん。
ホッとしたみんなと酒盛りをすることになりました。もちろん、パクさんも残って一緒に夜遅くまで話していました。
きょこちゃんは、お母さんの大きなおなかにちゃんと手を当てて、話しかけるように「赤ちゃんが生まれてきたら、一緒に魔法の赤いお魚さんに会いに行こうね・・・。」と言いつつ、すっかり眠ってしまいました。
後日談ですが、決まった仕事のなかったパクさんは、その日の酒盛りできょこちゃんを一番一生懸命探してくれた材木屋のおじさんと意気投合して、それから間もなく材木屋さんの支店で働く事になりました。真面目に働いたので、1年後には番頭さんになり、食堂のおばさんにたまっていたツケをみんな返し、休日には若い衆を連れ、カツ丼を食べに行っているそうです。
田舎に帰ったサブちゃんは・・・・きっと元気で働いていることでしょう。
(おわり)